江戸五色不動とは、目黒、目白、目赤、目青、目黄の各不 動尊のこと で、寛永年間

(1624〜43)の中頃、徳川三代将軍家光が天海大僧 正の具申を受 け、江戸の鎮護と

天下泰平を祈願して江戸市中の名ある不動尊五箇所を指定 したと伝えら れる。(五色

とは、東西南北中央の五方角を色で示したもの)

不動明王とは、密教では、その中心仏である大日如来が、 悪を断じ、衆 生を教化する

ため、外には憤怒の形相、内には大慈悲心を有する不動明 王が、民衆救 済の具現者

として現れた(大日如来の化身であり使者)とされてい る。








@目黒不動  瀧泉寺(りゅうせんじ)  天台宗 (不動前)
A目白不動  金乗院(きんじょういん) 真言宗(学習院 下)
B目赤不動  南谷寺(なんこくじ)   天台宗(本駒 込)
C目青不動  教学院(きょうがくいん) 天台宗(三軒茶 屋)
D目黄不動  永久寺(えいきゅうじ)  天台宗(三ノ 輪)
D目黄不動  最勝寺(さいしょうじ)  天台宗(平井)



シリーズ1 目黒不動を訪ねて(自宅〜目黒不動〜目黒)
 自宅を出てから20分ほど歩くと目黒川沿いの遊歩道に突き 当たる。
川の両側は桜の木がギッシリと植えられ、桜の満開を迎える時 季には、空を 塞ぐほどに
両岸から突き出す枝先の桜が川面に映し出されて、歩く人の目 を楽しませて くれる。
 今は10月初旬、青葉の間から黄色く色あせた枯葉がちらほ らと覗かせ る。この木々
の葉が遊歩道や川面を覆う時季ももう間近だ。
遊歩道の所々には洒落たカフェや
レストランが軒を並べる。
目黒川が目黒通りと交差する目黒
新橋までは一直線である。
 目黒通りに出て右方向に行けば
大鳥神社に出るが、まっすぐ通りを
横切ってすぐ右斜めに川をそれる
と、10分程で山手通りの「不動前」
交差点に出る。
その交差点を渡ればもうそこが、目黒不動の参道入り口であ る。自宅を出て から丁度1
時間ほどの道のりだ。
 参道入り口から少し歩くと参道の左に「蛸薬師」がある。そ のすぐ西隣が 瀟洒な佇ま
いをみせる「手打ちそば屋」が目を引く。昼食には一時間ほど 早い上に、お 不動様への
参拝も済ませないのに食事どころではない。横目でみながらそ こを通り過ぎ る。
 参道の商店街は、晴れた土曜日の午前というのに、参拝客や 観光客など歩 く人は多く
はない。参道にちなんだみやげ物なども見当たらない。鮨屋、 割烹料理、蕎 麦屋、うな
ぎ屋といった食事処は、12〜13軒もあろうか。ほかに精 肉、酒屋、青果 物屋などの食料
品店等々で全体では50軒余の商店街とのことだが、シャッ ターが閉まった ままの店も
10軒近くある。
 徳川幕府の創世期(家康、秀忠、家光の時代)
から明治・大正にかけて、 門前町 として繁盛を極
め、大賑わいをみせた、江戸近郊における一大参
詣行楽地であった面影を見ることもできない。今
風の普通の商店街といった風情だ。
 昭和35年創業という「八ツ目や」とかかれた看
板の店は、今では名物のうなぎ屋である。ここを
右に曲がると、正面にお不動さまの朱に塗られた
仁王門が現れる。
仁王門には、「目黒不動尊」と書かれた赤い大提灯
が吊るされ、両脇には仁王像がたって門をくぐる人々を見守っ ている。



 この仁王門は、三間一戸の朱塗りの楼門で、昭和37年 (1962年)に 再建されたもの。
 楼門を潜りぬけると、驚くほど広い境内が広がる。そこは武 蔵野大地の突 端にあって、

鬱蒼と生い茂る森の中の広い境内は、水が湧き
大公孫樹などの老樹巨木に囲まれ、『独鈷の瀧』
や美しい池があって、まさに庶民の信仰の場所
であり、名山と称えられてきた趣を感じさせる。
 目黒不動は、台地の高台に作られており、本

堂は一番高いところに位置している。

それに続いて林があり、その中(本堂に続く北
側の林の中)に露座の『大日如来坐像』が祀ら
れている。
 本堂に登るための40段ほどの石段は、台地
の斜面に敷かれた階段であって、西側には、涸
れることのない台地の清水が滾滾(こんこん)
と湧き出て「独鈷の瀧」となって二体の龍の口から吐き出され ている。滝の 下にある池
には「水掛不動」があって、そこにも湧き水が湧き出ている。





 伝承では、「慈覚大師円仁が寺地を定めようとして独鈷(古 代インドの武 器に由来す
る仏具の一種)を投げたところ、その落下した地から霊泉が湧 き出し「今日 まで涸れる
ことはない」という。
 森の高い樹木を潜るように敷かれた
急な石段を登りつめると、空を突き抜
けるように本堂が建っている。水家で
手を清めてからゆっくりと階段を上り
本堂に入ると、灯明の煙にくすんだ薄
暗い天井近くに、不動明王が座ってい
る。残念なことに写真は、撮影させて
もらえなかった。
 参拝を済ませ一旦お堂をでて、回り縁を東側から堂の裏側へ 向かうと、本 堂の真裏(裏
山一体は、縄文時代から弥生時代までの遺跡)に、『銅造 大日如来像』 が祀られている。
 造られたのは、天和3年(1638年)、江戸在住の鋳 物師、横山 半右衛門尉政重作と刻
名がある。この像は、蓬髪、頭部、体躯、
両腕、膝等十数か所に分割して鋳造し、
それを寄せて一体とした吹き寄せの技法

により作られているという。お参りの後、
本堂西縁を回り正面へ。再度拝礼しお堂
をあとにする。
 正面階段の東脇に緩やかな踊り場の設
けられた石段を下って、再び元の広い境
内に戻った。
独鈷の瀧の西側には、『前不動』があって
江戸時代中期の仏堂建築(宝形造りの朱
塗りの堂)として、当時のままの姿が残さ
れている。(東京都指定有形文化財に指
定) また前不動の更に西側に『勢至堂』という宝形造りの小 堂もある。
 広い境内の正面石段の東側は、

書院、地蔵堂、観音堂、阿弥陀
堂などがある。
 再び楼門を潜り、目黒不動の
台地の東側の小道を抜けて、羅
漢寺を参拝、五百羅漢の名僧達
が残した名言に感心し、しばし
瞑想にふけった後、「らかんさん
の言葉」という冊子を土産に、目黒駅に向かう帰路に就いた。
 目黒雅叙園下の太鼓橋を渡り、険しい坂道「行人坂」を息を 切らして上り 詰め、漸く
目黒駅に到着した。
 自宅を朝10時に出て15時まで約5時間の散策であった。
 久しぶりに夫婦で歩いた散策である。お互いが汗をかいた褒 美にと、駅ビ ルの「築地
植むら」で懐石料理での遅い昼食に舌鼓。汗をかいた後の食 事は、実に 美味しいものだ。

2009年10月4日