[20]丸子〜岡部〜藤枝

 

 

1.発言番号:358

    発言者  :巌  隆吉

    題名    :東海道五十三次(丸子、岡部、藤枝)を歩く

    登録日時:98/07/27 18:52

 

  去る7月21日、新幹線静岡駅に11時に集合。梅雨前線の関係か出発した東京は涼しかったが、静岡に降りるといささか蒸し暑い。

  先ず、斑目先生より今日の東海道のコースは、道路が改修されて大きな街道となっており宿場としてめぼしいものが少ないので、バスも利用してポイントを見て歩こうという説明があり、多少忙しいが丸子(鞠子)、岡部、藤枝の三ツの宿場を訪ねることとなった。

  何時もは午後の集合が今日に限って午前になったのは、五十三次の旅人が好んだ丸子のとろろ汁を食べるため。早速昔ながらの風情を残すという丁子屋に向う。

 

  手越

  安倍川はバスで渡ったがその右岸には古い宿場手越がある。この地の長者の娘の千手(せんじゅ)と源平合戦で囚われ処刑された平重衡との悲恋の話が残っている。

 

  丸子(鞠子)の宿

  一里塚や水神社そして明治天皇御小休の碑や丸子宿本陣跡の碑を見つつ、とろろ汁の丁子屋を目指す。弥次さん喜多さんではないが先ずは丁子屋に飛び込む。この丁子屋は昔の場所と少し違っているようだが、ワラぶき屋根で全く昔通りのただずまいで広重の絵とそっくりだ。

                 丁字屋の前で

  そのこってりしたとろろをかけた麦飯の味は格別であった。

    芭蕉の「梅若葉  丸子の宿の  とろろ汁」

    十返舎一九の「けんくわする  夫婦は口を  とがらして  鳶とろろに  すべりこそすれ

の文句通りの昔ながらの風味であった。このとろろは自然薯を白味噌で溶いているのだという。一寸不便なところだが、五十三次に関心のあるお方は是非立ち寄られると良いだろう。

  その前の丸子川には小田原攻めで秀吉の先陣を勤めた、細川幽斎の「人数には たれをするかの  丸子川  けわたつ波は  音ばかり」の句碑が建っていた。

  この丁子屋はポイントなので、昼食後、記念撮影にスケッチと慌ただしく過ごし次ぎに向う。

 

  吐月峰柴屋寺(とげっぽうさいおくじ)

  左に昔の丸子城祉の山を見、丸子藁科トンネルの近く東名高速道路の下を潜り抜けて山間の小さなひなびたお寺に着く。

  この寺は今川氏親の創立にかかわる連歌師宋長開山の古刹で、後水尾天皇の書も残っているこの地区の名門のお寺だ。昔からの文化のにおいを残している。

  この庭は宗長自作で春夏秋冬、いずれの時でもそれぞれの遠くの山を借景とした京都銀閣寺を模した名園が残っており、吐月峰の名は京都の嵯峨から移植した竹林が風にゆれる中より出づる月を見て、あたかも月を吐く峰という寺号としたのだという。

  この近くに家康から「国家安康」の鐘の銘のいちゃもんを釈明のため、ここまで来て亡くなった片桐且元の眠る誓願寺がある。賤ケ岳七本槍のかっての勇士もさびしくこの地に眠っている。

 

  宇津ノ谷集落ー「御羽織屋」宇津峠

  旧東海道を宇津峠に向って登る。この地区の集落は昔の面影を残しており、今でも「志茂」「橋場」「御羽織屋」という屋号も残っている。中でもこの「御羽織屋」は秀吉ゆかりの一軒である。小田原攻めの時秀吉は馬のわらじを所望したがここの主人は三足しか渡さない。残りの一足は私が預かり戦勝をお祈りする(四は縁起が悪い)という。秀吉は気をよくして、着ていた陣羽織を褒美に渡したそうで、見物した参勤交代の大名の手垢でよごれた大きな陣羽織を見せて貰った。この陣羽織はまさしく「御羽織屋」の家宝だ。

  この宇津峠にはこのほか昔の道として蔦の細道が残っている。この道には在原業平の「駿河なる  宇津の山辺の  うつつにも夢にも人にも  逢わぬなりけり」という歌にもある通りさびしい道だった。

  この宇津峠には昼でもうす暗いところだったので、「峠の地蔵」伝説がある。寺の小僧が住職の血膿を吸ってから食人鬼となり旅人を襲うようになった。これを旅の僧がこの鬼を十粒の小石に砕いて飲み込んだといい、この僧こそは地蔵の化身だったという。そこでお守りとして十団子が残っている。

  この峠は薩タ峠ほどけわしくはないが、今では4本のトンネルが通っている。その日本で2番目に古い明治9年開通の煉瓦つくりのアーチ式トンネルを見ることが出来た。目下あまりにも立派に改修中であった。たとい文化財であっても時節柄多少節約すべきだろう。

 

  岡部の宿

  この宇津峠は広重によっては「岡部宇津之山」として描かれている。

  岡部の宿は小さな宿場町であり旧道には古びた民家が続いているが、さほど見るべきものはない。

  この地区に岡部、藤枝、島田と宿場が多いのは大井川に川止めの際にがこの岡部まで追って来て没し、大きな松に「西へ行く  雨夜の月の  あみだ笠  影を岡部の  宿に残して」

と書いた笠を残した。

    西行はこれを知って悲しみ

    「笠ありて  身のいかにして  なかるらん  哀れはかなき  雨が下とは」

と詠んだという悲しい物語だ。

 

  五智如来

  岡部の役場の前に、五つの大きな地蔵さんある。これは藤枝の田中城の城主の娘の目が不自由であったが願をかけたら快癒したという伝説が残っている。「釈迦」、「阿悶」(あしゅく)、「阿弥陀」、「大日」、「宝生」の五ツの如来である。屋根はあるがむき出しなのでどっしりしており御利益がありそうだ。参拝者も多いという。

 

  藤枝の宿

  バスを乗り継いで藤枝の大手前にて下車。この大手前とは田中城の大手前を意味する。

  この藤枝の宿だが、広重の絵も問屋街の風景を描いているが、現在の藤枝もまた、にぎやかな商店街となっておりその点では昔通りの伝統を残しているのだろう。でも、宿場らしいものが保存されていないのは大変さびしかった。左車休息寺や白子町の話を聞く。白子町は、家康が本能寺の変で伊勢からの舟を出してくれた白子の小川孫三、移住の町で諸役御免の町だった。

 

  田中城

  日本で唯一の円形の城である。城の周りを四重に丸く囲んだ珍しい城でその形から「亀城」とも呼ばれた。配られた明治22年の地図によると平地の中にくっきりと同心円を描いている。堀が六間川に通じており一部を堰きとめると堀に水が入り浮き城になる仕組みになっている。

  ここで食べたてんぷらがもとで、家康は死んだという縁起の悪い城にしてはここに入った大名は出世したので、「出世城」ともいわれている由。

 

  蓮華寺公園

  この公園は遠くに小山、近くに蓮の花が咲いている大きな公園で今の藤枝の繁栄を象徴しているかのような見事な公園だ。

  この近くに蓮生寺がある。この寺は蓮生坊(熊谷直実)にまつわる面白い伝説があり、その昔直実は長者に金を借りたが質草がなく代りに念仏十遍唱えるとこの池に十本の蓮が生え、直実が金を返し長者が十遍念仏を唱えるとその十本に花が咲いたという話。その美しい景色にしばし疲れを癒した。

  今日は蒸し暑い日だった。それでも府中を通って、丸子、岡部、藤枝とバスに乗りながらも約2万歩以上を歩いた。

  大分疲れいささか脱水気味。新幹線の中のビールいっぱいは、前にも増してさらに美味しかったことはいうまでもない。

 

 

2.発言番号:366(358へのコメント)

    発言者  :太田 

    題名    :東海道五十三次(丸子、岡部、藤枝)を歩く−丸子のとろろ汁について

    登録日時:98/08/02 23:41

 

◎丸子のとろろ汁について

  五十三次で巌さんが今回歩かれた三つの宿場を、みな知っているわけではありません。丸子だけ少々縁があったのです。

  偶々、2年前の二月、葛飾区の連合老人会で1泊2日の役員旅行に付合うことになり、御前崎に参りました。朝8時バスで東京を発ち、何ヶ所か立寄って、丸子の丁子屋へ到着したのは昼を大分過ぎていましたから、所謂ご馳走を食べる一つの条件の「空腹」は叶っておりました。

  バス2台の80名程が入っても、まだ空部屋があるようでしたから、可成の商売をしているのですね。

  あとの説明は巌さんのおっしゃる通りで、一同お変りの暇が無いほどの満腹状態でした。

  ここで、また一捻り「とろろ談義」致しましょう。

  巌さんのお言葉では、丁子屋は自然薯と白味噌で作っているそうですが、あの味を出すにはその他の材料も入っているでしょうし、造り方の秘伝もあるのでしょうね。

  昔は田舎の家では、すり鉢とすりこ木は鍋、釜に次ぐ位の台所必需品でした。

  下ろし金でざっと下ろしたとろろ薯を、すりこ木で厭になる程摺りましたのを覚えております。多く摺った方が粘りが出て旨いのだとか言われて。すり鉢が安定するように力一杯押さえているのは何時も子供の役目でしたね。そして偶に親にねだってすりこ木を持たして貰うと、これが意外と難しく、摺っている中にすりこ木がすり鉢から飛び出して、畳を汁だらけにしてしまったこと等も覚えております。

  丁子屋の薯は自然薯だそうですが、もしそうだとすれば山野に生えているものを探して掘って来るわけですから、美味であることは当然でしょうが、今、薯堀人夫がいるのかな、叉量的に間に合うのかなと疑問になります。

  薯の種類を挙げますと、棒状、掌状、拳骨状とありますが現在はみな栽培されているようです。先の自然薯は前二者の野生のものを言うのですね。

  都会の八百屋で売っている棒状薯は水っぽくて「とろろ」にしても決して美味しいとは言えませんが、摺り下ろして生卵、納豆、麺類等に加えたり、千本切にして鰹節醤油で食べたり、結構いけますね。

  東京の下町には「とろろ」専門店が数か店ありますが、私が行ったことのある店は、

・「むぎとろ」台東区浅草雷門駒形橋際、山芋は秋田 げんこつ、飯は米7、麦3

・「とろろと海鮮  むぎとろ」台東区西浅草、山芋は秋田横手げんこついも

 巌さん!涼しくなりましたら、同好の士を募って浅草に出かけませんか。酒も旨いし、とろろ汁も絶品ですよ。