?F東海道五十三次を歩く

                推進役 巌  隆吉

                    深澤 龍一


[1]日本橋

   1.105 深澤 龍一

     東海道五十三次−日本橋

   2.106 巌  隆吉

     105へのコメント

   3.108 太田  

      何とも無謀な事を・・・

   4.111 深澤 龍一

      108へのコメント

   5.116 巌   隆吉

      108へのコメント

[2]品川

   1.151 深澤 龍一

      東海道五十三次−「第一宿・品川」

   2.153 巌  隆吉

     151へのコメント

[3]川崎

   1.169 深澤 龍一

     東海道五十三次−「第二宿・川崎」

   2.171 巌  隆吉

     169へのコメント

[4]神奈川

   1.206 深澤 龍一

     東海道五十三次−第三宿「神奈川」

   2.330 深澤 龍一

     東海道五十三次−第三宿「神奈川」

  3.799 青野 敦美

     東海道五十三次「神奈川宿」を往く

[5]保土ヶ谷

   1.226 樋口 三男

     東海道五十三次−第四宿「保土ヶ谷宿から金沢八景」

   2.230 深澤 龍一

     226へのコメント

   3.234 樋口 三男

     金沢地区への道しるべ

   4.235 深澤 龍一

     234へのコメント

   5.239 樋口 三男

     235へのコメント

[6]戸塚

      432 深澤 龍一

     東海道五十三次−第五宿「戸塚」

[7]藤沢

   1.179 深澤 龍一

     東海道五十三次−第六宿「藤沢」

   2.188 太田 

     179へのコメント

   3.190 巌   隆吉

     188へのコメント

   4.192 深澤 龍一

     190へのコメント

   5.193 巌   隆吉

     192へのコメント

   6.205 太田 

     179へのコメント

   7.207 巌   隆吉

     205へのコメント

[8]平塚

   1.449 深澤 龍一

     東海道五十三次−第7宿「平塚」

   2.455 巌   隆吉

     449へのコメント

[9]大磯

     779 深澤 龍一

     東海道五十三次−第八宿「大磯」

[10]小田原

    187 深澤 龍一

     東海道五十三次−第九宿「小田原」

[11]箱根

   1.174 太田 

     箱根道中記

   2.177 深澤 龍一

     174へのコメント

   3.180 巌   隆吉

     174へのコメント

   4.152 巌  隆吉

     東海道五十三次−箱根から三島を歩いて

   5.154 深澤 龍一

     152へのコメント

   6.156 太田 

     152へのコメント

   7.203 深澤 龍一

     152へのコメント

   8.204 巌   隆吉

     203へのコメント

   9.212 巌   隆吉

     203へのコメント

[12]三島〜沼津

   1.168 巌   隆吉

     広重五十三次−三島から沼津を歩く

   2.170 深澤 龍一

     168へのコメント

   3.181 太田 

     168へのコメント

[13]原

     784 深澤 龍一

     東海道五十三次−第十三宿「原」

[14]吉原

   1.185 深澤 龍一

      広重東海道五十三次「吉原から富士」を歩く

   2.186 巌   隆吉

     185へのコメント

[15]蒲原 

   1.215 巌  隆吉

     広重東海道五十三次−富士〜蒲原を歩く

   2.223 深澤 龍一

     215へのコメント

[16]由比

     237 深澤 龍一

     広重の東海道五十三次−蒲原〜由比を歩く

[17]興津

   1.267 巌  隆吉

     広重東海道五十三次−由比〜興津を歩く

   2.270 深澤 龍一

     267へのコメント

[18]江尻

   1.290 巌  隆吉

     東海道五十三次−江尻〜今の清水を歩く

   2.291 深澤 龍一

     290へのコメント

   3.293 巌  隆吉

     291へのコメント

[19]府中

   1.326 巌  隆吉

     広重東海道五十三次−府中を歩くーその1

   2.327 巌  隆吉

     広重東海道五十三次−府中を歩くーその2

   3.328 深澤 龍一

     326へのコメント

   4.331 太田 

     327へのコメント

[20]丸子〜岡部〜藤枝

   1.358 巌  隆吉

     東海道五十三次−丸子、岡部、藤枝を歩く

   2.366 太田 

     358へのコメント

[21]島田

     463 巌  隆吉

     広重東海道五十三次−島田〜金谷宿を歩く 

[22]金谷

     522 深澤 龍一

     東海道五十三次−第二十四宿「金谷」

[23]日坂

     528 深澤 龍一

     東海道五十三次−第二十四宿「金谷」

 [24]掛川〜袋井

   1.534 深澤 龍一

     東海道五十三次−掛川〜袋井を歩く

   2.535 太田 

     534へのコメント

  3.810 巌 隆吉

     534へのコメント

   4.557 巌  隆吉

     東海道五十三次のど真ん中袋井宿を歩く

   5.558 深澤 龍一

     557へのコメント

[25]見付

     584 巌  隆吉

     広重東海道五十三次袋井から見付の宿を歩く

[26]浜松〜舞阪

     612 巌  隆吉

     東海道浜松宿から舞坂宿を歩く

[27]新居

     629 巌  隆吉

     東海道五十三次新居宿(新居関)を歩く

[28]白須賀〜ニ川〜吉田

   1.655 深澤 龍一

     広重の東海道−白須賀〜吉田を歩く

   2.656 巌  隆吉

     655へのコメント

[29]御油〜赤坂〜藤川

   1.683 巌  隆吉

     東海道五十三次−御油、赤坂、藤川の宿を歩く(その1)

   2.690 巌  隆吉

     東海道五十三次−御油赤坂藤川を歩く(その2)

   3.692 深澤 龍一

     690へのコメント

[30]岡崎〜池鯉鮒

   1.711 巌  隆吉

     広重東海道五十三−次岡崎宿池鯉鮒宿(知立)を歩く

   2.607 深澤 龍一

     東海道五十三次−第三十九宿「池鯉鮒」

[31]鳴海〜宮

     673 深澤 龍一

     東海道五十三次−鳴海〜宮を歩く

[32]桑名〜四日市

   1.323 深澤龍一

     東海道五十三次−四日市〜桑名を歩く

   2.324 巌  隆吉

     323へのコメント

[33]石薬師〜庄野〜亀山

     320 深澤 龍一

     東海道五十三次−亀山〜石薬師〜庄野

[34]関〜坂下

   1.317 深澤 龍一

     東海道五十三次−坂下宿〜関宿を歩く

  2.815 巌 隆吉

     広重東海道五十三次亀山、関、坂下

[35]土山〜水口

     298 深澤 龍一

     東海道五十三次−土山宿〜水口宿を歩く

[36]石部〜草津 

   1.301 深澤 龍一

     東海道五十三次−石部宿〜草津宿を歩く

   2.303 太田 

     301へのコメント

   3.304 深澤 龍一

     303へのコメント

   4.305 巌   隆吉

     304へのコメント

 

 

 [1]日本橋

 

 

 1.発言番号:105

     発言者  :深澤 龍一

     題名    :東海道五十三次−日本橋

     登録日時:97/08/22 07:39

 

プロローグ:

 

  先日の臨時研修会の始まる前に、巌さんから 富士登頂の努力賞」だと知足美術館(新潟)発刊のとても立派な「広重・東海道五十三次」図録を頂戴致しました。それは有難い事なのですが、またまた例によって「”線”としてでなくても”点”毎で良いから、広重が描いた各宿場を廻って、それをレポートしなさい!」と、隊長殿の御命令が下りました。

  傍では村瀬さんが何時ものあの笑みをたたえながら「週一回のペースで廻れば、1年で終わるよ! 深澤さん」と他人事とばかりに冷やかされました。富士(原と吉原)は既に消化したものと隊長殿の「認定」を得は致しましたが・・・。又、研修会の席上、某名誉教授殿からは「富士の山」に関する特別講義も頂戴して、「ネェ! 君々! 富士山は甲斐(山梨県側)から見るよりも駿河(静岡県側)から見た方が良いらしいよ」とさらさらと達筆で黒板にその理由までご披露下さいました。(但し、私はあの日静岡と山梨の県境辺りを登っておりました)

  そんな事で、これから53−2(「原」と「吉原」・・共に駿河側ですが・・)の宿場を廻らなければならない破目になりましたので、早速翌日はスタート地点の「日本橋」に行って参りました。

  無学の私は、スタートの「日本橋」と、ゴールの「三条大橋」は53の宿場の外枠だという事を今回初めて知りました。だから広重の図録は全部で55枚という訳です。

 

旅日記

 

  さて、その「日本橋」ですが、地下鉄の駅から地上に出て暫く地図と現場を見比べてから、やおらその方向を見定めて歩き出しました。

  橋のたもとには「日本の道100選」の碑と共に、「全ての道の起点としての日本橋」は慶長8年(1603年)、家康が江戸幕府開府の際に木橋が架けられ、明治44年に現在の石橋になったとあり、川の上、高架をゆく首都高速道路の腹には、大きく「日本橋」の文字も見えました。欄干に4基ずつ橋灯がついていて、その柱には獅子が浮き彫りになって建設当時の欧化時代の重厚な構造美と ロマンを偲ばせていました。道路を隔てた向い側のたもとには交番があって、その横の石段を降りると「瀧の広場」銘打って、ちょっとした石のベンチもありました。橋を渡った三越側には「東京都道路元標」と書かれた高い青銅の碑が建てられて、その下にやや小さな大理石の「日本国道路元標」(複製)の標識もありました。元標の両脇には「里程標」が2基あって、左の方は「横浜市29粁、甲府市131粁、名古屋市370粁、京都市503粁、大阪市550粁、下関市1076粁、鹿児島市1469粁」、右の方は「千葉市37粁、宇都宮市107粁、水戸市118粁、新潟市344粁、仙台市350粁、青森市736粁、札幌市1156粁」と刻まれ、「元標の広場」と名づけられていました。更に、その向い側は「乙姫広場」と名づけられて、真新しい乙姫の石像の脇には「日本橋魚市場発祥の地」とありました。

  帰ってもう一度「広重」を眺めますと、なるほど橋の手前、今この碑のある辺りに5〜6人の魚屋が早朝の魚市から買い集めた魚を担いで、橋の上を大名行列の先頭が渡ってくる日本橋界隈の情景が描かれていました。

  町田くんだりから態々出てきて、「日本橋」だけでは能が無いと、地下鉄で「護国寺」に廻りました。「大本山」と称するだけあって東京にもこんな立派なお寺が・・・と感心させられました。山県有朋や大隈重信の墓がある本堂裏手から「雑司が谷霊園」を抜けて、「鬼子母神」にお参りしましたが、樹齢600年の銀杏が見事でした。都電に乗って、「飛鳥山」で下りて、「旧古河庭園」や「飛鳥山公園」、さらには「音無観水公園」から「王子神社」に抜けて、「王子稲荷神社」の願掛け石にも「願い事」をしてきました。

  「王子駅前」から再び都電に乗って、終点の「三ノ輪橋」で下車、延暦14年4月に創建されたという「素盞雄神社」(平成7年には1200年祭が催されたとか)にも立ち寄り、最後に「浄閑寺」(通称投込み寺)に詣でて、往時吉原遊郭で亡くなった遊女達が纏めて葬られたという墓標にも手を合わせてきました。墓標を囲む石垣には「生まれては苦界、死しては浄閑寺」の川柳が刻まれ、その向い側には文豪永井荷風の詩、「震災」を刻んだ碑もありました。

  そして、地下鉄「三ノ輪」の駅から一直線に「町田」に戻った次第であります。

 

エピローグ

 

  実はこの話、上と下とが全くあべこべでございまして、以前から何時かの松本さんの「メッセージ」を ヒントに、「或る人」(何時もの太田さんではありません)とこの日、10時半に日比谷線の「三ノ輪」駅に待ち合わせて、「三ノ輪橋」から都電に乗って途中下車をしながら、「早稲田」までの「東京散歩」をする約束が出来ておりました。

  所がその前日になって「東海道五十三次」の話が飛び込んで参りましたので、暑いのと時間も遅くなった事を理由に、「護国寺」でその人と別れた後、私だけ大急ぎでやっと夕闇迫る「日本橋」に辿り着いたという訳でありました。隊長殿のノルマを一つだけでもこなして、「やる気」を見せておかないと今後会わす顔が無いと、急遽「計画変更」して尤もらしい話を仕立て上げたという次第でございました。

  最後にこの年になってから53の宿場を廻るのは将に「大事業」であります。しかもその事業を進める為には、先ずは広重が佇んで眺めた旧「東海道」を探さねばなりません。それは現在の「国道1号線」で略間違いないのでしようかね?  「道調べ」が「大仕事」のようで今から頭を抱えておりますので、誰方か良い知恵をお貸し下さい。そして私のノルマの消化にご協力頂ける「有志の方」がおられましたら誠に幸いです。どうぞご遠慮なくこのシリーズの「点」を埋めて、会議室に「 レポート」を流して下さるようにと心からお願い致します。

  老婆心ながら、53の宿場を「日本橋」から辿りますと下記のようになります。

                       

 1.品川  2.川崎  3.神奈川  4.保土ヶ谷  5.戸塚  6.藤沢   7.平塚  8.大磯  9.小田原  10.箱根  11.三島  12.沼津 13.原  14.吉原  15.蒲原   16.由井  17.奥津 18.江尻   19.府中   20.鞠子 21.岡部 22.藤枝  23.嶋田  24.金谷  25.日坂  26.掛川  27.袋井 28.見附  29.浜松  30.舞阪 31.荒井  32.白須賀  33.二川 34.吉田 35.御油  36.赤阪  37.藤川  38.岡崎  39.池鯉鮒  40.鳴海     41.宮  42.桑名  43.四日市  44.石薬師  45.庄野  46.亀山     47.関  48.阪之下  49.土山  50.水口  51.石部  52.草津 53.大津

  以上であります。どうも長々と誠に失礼を致しました。

 

 

2.発言番号:106105へのコメント)

  発言者  :巌  隆吉

    題名    :東海道五十三次−「日本橋

    登録日時:97/08/23 13:59

 

  早速、日本橋をわざわざお訪ね戴きまして、貴重なコメントを掲載して戴き感謝しています。

  何れそのコメントと、私の元標等のスケッチを添えて最初のコメントを作成したいと思っております。

  なお、私はそれとは別に、新版53次としてどこに出掛けてもその場所からハガキにスケッチしてその図鑑に応えることも進めているところです。今まで53枚(厳密にはご説のとうり55枚)の内、6枚実行済みです。今まで浜松や、松江、ペナン等々で新版53次とこじつけて送付しています。

  更に53次の現在の案内書が出版されていますので、本屋で見つけ次第入手してお渡ししましょう。

  また、三ノ輪橋には私もかって行きまして、その付近の江戸時代の処刑場や移設された上野の黒門(弾痕あり)を見たことを思い出しました。

   

   日本橋東京市道路元票

 

3.発言番号:108(105へのコメント

    発言者  :太田  

    題名    :何とも無謀な事を・・・

    登録日時:97/08/25 22:29

   

  貴兄の「東海道五十三次」探訪決定を見て、そのお人好に呆れ返りました。

  聞けば「富士登頂の努力賞」として、何処のお方か存じませんが巌某氏なるお人から「広重・東海道五十三次」の図録を頂戴し全地点のレポ−トを命令されたとか。また、傍にいた村瀬某氏なる御仁が無責任に焚き付けたものだから、すっかりその気になってしまった貴兄の無謀と言うか人を疑わない天真爛漫に返す言葉もありません。

  事前に何故小生に相談しなかったのか返す返すも悔やまれます。

  いやしくも貴兄が「おいらく山岳会」の一員であるならば、地理上可能、不可能位は判断つく筈。

  日本橋の里程標で京都迄503キロ。「おいらく」の街道歩きが93年11月から94年11月までの25回、28日間実施されています。

往復とも全部新幹線。

  勿論これは「線」を行っているので、貴兄の「点」とは違いますが、要する時間は大差無いと思います。貴兄も最寄り駅から現地までタクシ−と言う訳には参らんでしょう。その位歩かなくては、話にもなりませんから。少なくても4−5キロ位。

  広重がたたずんで眺めた旧「東海道」と「国道1号線」が略同じなどの認識では前途は絶望的です。重なっている所は1割もないでしょう。

箱根の杉並木の下の石畳や十国峠が行けますか。

  恐らく街道歩きでは日本屈指の「おいらく」リ−ダ−でも旧道を調べるためには国会図書館へ通っているのですよ。

  貴兄が泣言言っているように、昔、日本国中の「岬巡り」した頃の年齢と今とは違います。

  悪いことは言いませんから、五十三次「3」の神奈川辺りか「8」の大磯辺りで両手をついて勘弁して貰ったら如何ですか。

  それが貴兄の身の為だと思いますよ。

  以上老婆心乍らご忠告申し上げます。

 

 

4.発言番号:111(108へのコメント)

    発言者  :深澤 龍一

    題名    :東海道五十三次−日本橋

    登録日時:97/08/27 12:46

 

 誠にご親切なご忠告を頂き恐縮至極に存じます。

  おっしゃる通りこのシリーズを始めるのには、貴兄ご指摘の通り、例え「線」でなくて「点」であっても東西500キロに跨っているだけに大変な事だし、果たして出来るかなと疑問には思っておりました。

  でも貴兄に相談もせずに自分勝手に立てた旗とはいえ、「歩く事」の嫌いではない私には、この年齢になって又一つ「目標」が出来た事は結構な事と馬鹿を承知で始めました。幸いにも「富士登山」をしただけで「原」と「吉原」は認定して頂きましたので、この程度の緩やかな縛りを基準に、幸い特に「期限」も「順序」もございませんので、ボチボチと気の向くまま、足の向くまま旅の機会を捉えて、こんな「目標」もあったと頭の隅っこにおきながら、貴兄程の「生真面目さ」を持ち合わさない「ぐうだら」な私は、ノンビリ 消化して参りたいと存じております。

  ご忠告の通り、「旧東海道」は「国道1号線」と違っていても、宿場の地名を地図で見る限り、「国道1号線」沿いに位置している事を発見しただけでも、無学な私にはそれなりのプラスであったと満足していますし、ましてや貴殿から「旧道と国道とか重なっている所は1割も無いのではないか」とのコメントを頂戴して、又一つ勉強させて頂きました。有難うございました。

  メッセージの最後にも書き添えました通り、「有志の方」の「ご協力」が頂けましたら誠に幸いでございます。年中国の内外を忙しく旅される貴兄にも、「何と無謀な事を・・・」と嘲笑うだけでなくて、お序での折にこの中の二つや三つ「ご協力」頂ければ、これに過ぎる幸せは無いと存じております。

  これからも貴重なご忠告やご指導を宜しくお願い申し上げます。

 

 

5.発言番号:116(108へのコメント)

    発言者  :巌  隆吉

    題名    :東海道五十三次−日本橋

    登録日時:97/08/31 15:34

   

 太田さんと深沢とのコメントを楽しく拝見しました。

  先日の自主研修会で私は53次全部を廻られることをお願いしたとは思っておりませんでした。せめてその付近を通ったならば、その印象をお知らせして戴ければ幸いと思っていたところです。

  また、村瀬さんも53次全部廻るとすれば週1回でも1年かかるねとの冷やかしの意見がありました位でした。

  太田さんは本当に真剣に53次全部を廻ることを約束したのならば神奈川あたりから大磯位で頭を下げて勘弁して貰ったらとのことですが、深沢さんも何ら頭を下げる必要はありません。

  その神奈川から大磯でも点にしろ線にしろ大変だと思いますし、それすら出来れば大成功でしょう。

  あれから、53次につきまして私も関心が深まりました。53次の本も随分出ておりますしね、何れ良い本を求めたいとも思っております。また一昨日、NHK文化センターの掲示を見ておりますと、53次を訪ねる会」があることを発見しました。今年の講座は後2〜3回で終わりますので、今からの参加は無駄ですが同じようなことを考える人もいるのですね。

  お互いあまり、体力を過信せず無理をしないようにやりましょう。