E 生活


 

E1 健康

 

 

E1−1  生活ー健康ー介護問題

 

 

  発言番号:00001

発言者 :福田 順一

題名  :介護の体験から

登録日時:96/08/25 22:35

 

 会議室「介護」で、まだ発言がないようですので、皮切りを致します。

 私は介護について知識も経験も乏しいものですが、5月に98才の母を亡くしたました時、僅かばかり体験を致しました。母は3年くらい前から外出も叶わず、家の中で寝たり起きたりの生活をしておりました。昨年暮、激しい咳をした時に脇腹の筋肉を痛めたのが原因で寝込むようになり、間もなく寝たきりになり、亡くなるまで5ヶ月の介護でした。

 通常この状態で、入院か在宅か判断の岐路に立つのですが、妻が、出来るところまで在宅でと申してくれましたので、介護は妻(68才)ガ主体となり、身体を持ち上げるなど力を要する場合は私(73才)が手を貸すようにしました。この間の体験を介護者の立場からまとめます。

1)介護者の精神的・肉体的負担

  ?@ 精神的負担

  ?@ いつまでこの状態が続くのだろうかという不安があった。

    ?A 医療的処置を素人が間違いなく出来るだろうかという不安があった。

    ?B 介護者の体力がいつまで介護に耐え得るかという不安が絶えなかった。

  ?A 肉体的負担

    ?@ 夜間の休息が十分にとれないため、2人ともに疲労ガ蓄積した。

    ?A リューマチの持病を持つ妻には特に肉体的負担が蓄積し限界に近かった。

2)公的支援

    ?@ 川崎市の場合、在宅ケアに対する公的支援には次のものがある。

      相談・・・民生委員   介護福祉センター

      介護・・・ヘルパー派遣  ショートステイ

      看護・・・訪問看護

      機器・・・ベッド(貸与) 瘡防止マット、ポータブル便器(給付)

    ?A これらは本当に有り難かった。内容は決して十分ではないが、公的にも支えてもらえる、決して孤独ではないという心強さであった。

    ?B 受給手続きが遅かったため、支援を受けはじめ、長期態勢に近いものが出来上がってから僅かに10日間くらいしかなかったのは、悔いが残った。

3)教訓

    ?@ 公的支援の実態がもっと周知される必要がある。

    ?A 介護者の保護を忘れないこと。在宅継続か入院か、時期を決めるのは最も困難な決断である。

    ?B 高齢化社会を迎え、介護の問題を国民的に乗り切るために、

      イ.家族の負担に依存する方策は必ず破綻する。

      ロ.公的支援に全面的に期待しても必ず期待外れになる。

      ハ.自助努力と公的支援の組み合わせが必要である。

    ニ.介護者の立場からの施策であることが必要である。

      ホ.今問題になっている介護保健について、問題点がもっと明確化され、もっと国民的議論が行われる必要がある。

  皆様のご体験・ご意見をお聞かせいただければ幸いです。

 

 

  発言番号:00001 へのコメント

  発言者 :巌       

  題名  :

  登録日時:

 

 福田さんの介護記録を拝見して本当に頭が下がります。

 実は、この会議室の記録は早く見たのですが、どうしても私のパソコンではメッセージが入らず、財団から研修しつつ入れました。そのためもあり尻切れになったりお名前を間違ったり、失礼しました。重ねてお詫び申し上げます。

  今では、家から会議室に入れていますので、取りまとめて感想と私が、目下直面していることについて記述します。

?@  福田さんご夫妻の献身的ご介護により98才までのご長寿を達成されたお母上はさぞやご幸福なご一生だったと思いますとともに、ご夫妻のご孝養に心から、敬服致しております。

  これからも、私達にその貴重なご経験を差し支えない範囲でお教え願えれば今後の参考になると思います。

?A  私の義母は83才ですが、48才の時、脳梗塞発作が起こりそれからは手足の支障は多少ありましたが、何とかお茶の師匠をやりつつ小康を保ち77才の喜寿までは 一応元気に過ごしておりました。その後脳梗塞が進み、お決まりの状態で寝たきりで、動くことが出来ず実家を預かっていた義妹は、過労のため緊急入院するし、兄弟姉妹も手詰りの状況になり、やむなく入院先を物色しましたが、中々思うような病院がなく困っておりました。その時知人の照会で国分寺の老人介護に習熟している病院に入院させることが出来ました。それが3年前です。

  その後、途中で、病院介護の際、骨が弱くなっていたため足を骨折しましたので、転院治療しましたが、手術については、高齢で差し支えありますので、またもとの病院に復院し、その後、風邪での発熱や肺炎を繰り返しつつ病院側の適切な治療と介護で今に及んでおります。

  その間、私もこの3年間、週1回は病院に行きまして、食事やおやつを食べさせ、姉妹達も都度行きますので、2〜3日に1回は、皆で様子を見ております。

  ここ1年は段々と衰弱して、飲み込み出来ずやむなく管から流動食を与えておりますが、胃腸が強いためか、一寸顔色も良くなっております。この病院は、介護強化病院になったので、介護婦も多く、介護面では、手が行き届いておりまして安心しておりました。

  ところが、最近2度にわたり厚生省の査察があり、無理だろうが、転院なり在宅にして貰いたい。在宅については病院側も無理と言っていますが今の介護問題の趨勢として何とかしないと病院も立ち行かないと言っています。昨日も病院を訪ね、何とかならないかと申し出ましたが、病院側としては、入院6ケ月後からは、補助金が3分の1になり、目下締め付けが強く無理だとは言いつつ、現在100名程度の患者を退院さ せざるを 得ないとして、強い要請となっております。

  今の状態での在宅介護は無理ですしさりとて適当な病院が見つかるか問題ですが、私どもは目下病院の実地検分を始めているところです。

  義母の家を継いだ義妹は、今八王子に住んでいますので、取り敢えず多摩市の更生荘病院なり、天本病院なりを近く見たいと思っておるところです。病院側も行き先が決まるまでは病状から見てもあまり強くは言えないだろうと思います。

  一部の外国では、今日本の病院で実施している管による流動食の食事は、延命策と見ているところもあるようで、静脈による栄養補給は、日本でも延命策と見ている由で、私としてもショックでした。

  これからの高齢者は、如何に生きるべきか悩みます。でもやはり家族に対しては、たとい延命策でも、極力生きて欲しいと願うのが自然でしょう。

?B  以上、現在の介護問題がどのようになっているか、多少のご参考になればとつまらない点も多々あるとは思いますが詳細述べました。只今のこの問題は家族で処理すべきことですが、何か病院等について参考になることがあればお知らせ下さい。