11.カナダ、北・中・南米

 

 

  発言番号:00041

    発言者  :福田 順一

    題名    :ニューオーリンズふたり旅

    登録日時:96/10/22 23:00

 

 シカゴの友人に誘われコロンバスデー(今年は10月14日)を中心に家内と2人で紅葉見物に出かけ、ついでにニューオーリンズに立ち寄って来ました。

 ニューイングランドの紅葉の雄大華麗さにご存じでしょうから、ニューオーリンズについてご紹介します。

 

1.アクセス

 空港からダウンタウンまでタクシーで$21。定額ですからチップの計算に具合がよろしい。

 

2.ホテル

 ヒルトン、シェラトン、マリオット等大ホテルが並んでいますがフレンチクオーターの小さなホテルは穴場。バーボンストリートに近いプリンス・コンティ・ホテルを予約しておきましたが、部屋は清潔で設備良く、2ダブル・ベッド・朝食付・2泊で2人2万円はお徳用でした。

 

3.観光

 郊外観光と、ダウンタウン観光とがありますが、僅か2泊でしたのでフレンチクオーター特にバーボンストリート付近に限りました。

 

(1)ジャズ

 観光客が誰でも訪れるプリザベーションホールの演奏は、第1回が夜8時半からというのに、8時には長蛇の列。とにかく並んでみた処、第1回の演奏前に入場出来て、粘っているうちだんだん前に押し出され、目の前で生演奏を楽しむことが出来ました。チケットは4ドル。並ぶのが億劫な方には、すぐ近くにメーソン・バーボンがあり、ここは待たないで入れ、6〜10ドルのドリンク1杯で40分の演奏が楽しめます。チップはいりません。

 この2軒がクラシカル。お好きな方のためにはロックの店も沢山あります。

 

(2)馬車

 フレンチクオーターの見物は観光馬車(バギーライド)が楽しい。乗合もありますが、1ファミリー用の馬車がよいでしょう。

 45分でフレンチクオーターを案内してくれます。料金は$41。流しもありますが、ジャクソン広場に屯している中から選ぶのがよいと思います。

 

(3)クルーズ

 ジャクソン広場に近い波止場から2時間のクルーズがあり、ミシシッピー河を1時間遡って帰って来ます。太平洋戦争中、米海軍が送り込んだ軽空母(ジープ空母)が途中に1隻係留されているので、関心のある方には興味が有るでしょう。軽空母建造のストーリーを描いた、ジョン・ウエイン主演「荒翼の翼」を思い出しました。

船内には広いカフェテリアがあり、帰路にはディキシージャズの生演奏を楽しめます。

 

4.味

 メニューにクレオール、ケイジアンとあり、何だろう?と思いますが、植民時代の、それぞれ支配者、移民の料理法だそうで、スパイスが利いているのが特長。選択に迷われたら、ガンボスープ、ジャンバライヤ、ブラックンド・キャットフィッシュあたりを選ばれればお気に召すのではないでしょうか。

 

5.安全

 バーボンストリートには、角角にパトロールカーが駐車して、夜更まで不安がありませんが、大ホテルへ帰るには途中暗い所を通るので早く切り上げねばならず、その点でもフレンチクオーター内のホテルは地の利を得て、深夜まで楽しむことが出来ます。念のため外出時の携帯金は少額に止め、残りの現金はパスポート、航空券と共に、ホテルの金庫に預けておくとよいと思います。

 

6.ショッピング

 ジャクソン広場からはじまるフレンチマーケットでゆっくりお土産が買えます。ところどころレストランがあり、そこでもライブ演奏が楽しめます。屋外のテーブルでガンボスープをすすりながら、のんびりディキシーの演奏を聞いていますと、かつての<丸の内>の生活などどうでもよくなって、これが<人生>なのだと思えてくるのは不思議です。

 

7.参考文献

1)ダイヤモンド社  地球の歩き方 88 アメリカ南部

2)昭文社 アメリカの旅

    これに加えて私のささやかな体験をご利用いただけ れば光栄です。

 

 

    発言番号:513

    発言者  :是松 三雄

    題名    :マウイ島の秘境HANAを訪ねました

    登録日時:98/12/08 12:00

 

 マウイ島のHANAを訪ねました(11月)。今回の旅の主な目的は、家内を連れ「秘境のハナ」あるいは「天国のハナ」と呼ばれる、マウイ島の西端の小さな町を訪ね、大統領夫人ヒラリー・クリントンのお気に入りのホテル・ハナに宿泊してみる事でした。

 ガイドブックに拠れば、「カフルイ空港から80kmの道は、600ヶ所以上のカーブ、車が1台しか通れない橋、崩れ落ちた路肩---と、まさにドライバー泣かせ」と紹介され、「ハナがいつまでも静寂を保ち、天国のように感じるのは、そこにたどり着く迄の困難さに大きな理由があるのだろう」と書かれています。どうも大変な辺鄙な場所の様です。ハナから先の道は砂利道で更に危険が多いと書かれています。

 1111日正午頃マウイ島のカフルイ空港着いた私達は、直ちに此の道に挑戦するのは危険であろうと考え、先ず庶民的なキヘイの町のホテルに1泊し、翌12日の朝、9時に宿を出てハナに向かいました。20分程走って、これから先はは無いと本に書かれていたPAIAのガソリン・スタンドで満タンにしました。

 確かにフエロの村を過ぎると、ルートの名前も36号から360号となり、狭く曲がりくねった道になりますが、速度制限を守れば、日本の狭い道と、海外での左ハンドルに馴れた私にとっては、何の事はない道でした。ただし、カーブの連続であることは確かなので、30M/Hから10M/Hなどと、しばしば、突然に変化する制限速度を厳守しなければ危険です。

 途中のカウマヒナ州立公園、ワイルア渓谷展望台、ワイアナパナパ州立公園、何れも素晴らしい景観と休息を与えて呉れます。私設のケアナエ植物園も入場料は4ドルとやや高めですが、その価値は充分ありました。ワイルア村の近くで、道端にボイラーを置いて、女性が、肉や魚を焼いて売っていましたので、此処で昼飯を簡単に済ませました。彼女は自分のために持って来ていたスター・フルーツの一切れを、私に分けて呉れました。初めて口にする此の果物は蜜柑の味に似ていましたが、日本人は皮ごと食べるのに抵抗を感じるのではないでしょうか?  

 無人のスタンドが道端に出され花や野菜も売られて、日本の田舎の風景ですね。ハナには午後1時半に着いてしまったので、ハナ海岸で休息の後、ホテル・ハナのフロントの前に車を置き、家内を車に残してチェックイン手続きに行くと、若い女性が、私に「レイ」を掛け「おしぼり」と「パッション・ジュース」のグラスをお盆に載せて出し、更に車まで歩いて行って、家内にも同じ儀式をしてくれました。ちょっとVIP気分にさせる儀式です。

 フロントの近くに駐車し、ホテルのカートに乗って部屋まで行きます。宿は凡て別荘風で2戸が1軒に纏められています。材料・設計は特に良い訳ではありませんが、部屋は無駄に広く造ってあります。各戸のベランダにジャグジーが備えられ、温泉気分を味わえます。ただしテレビもラジオも時計もありません。 高級感を重視し、能率を無視した、隠遁生活用の設計なのです。「しばし、日常を忘れて下さい」という心使いなのです。 

 ヒラリーさんの泊まった306号もほぼ同じ造りですが、プロパンガスのボンベが付けてありましたので、キッチン付きで、2戸分を1戸としているのだろうと思われます。

 翌朝、車で更に奥地まで進み、HALEAKALA国立公園の東端の Ranger Station に立ち寄りました。此処で、62マイル悪路走行の証明書を発行しているのには驚きました。もう悪路は昔のことで、カフルイからの日帰り観光が増え、ホテル・ハナも宿泊客が減り、今日の宿泊者は25組ですと、嘆いていました。開発が進み客が減る、この矛盾にどう対応するか、ホテル経営も楽ではなさそうです。

 1$500(定価$720)のこのホテルは2泊で済ませ、1114日ホノルルに飛び、定宿のBeach Comber 2泊し、少し贅沢に、ビジネス・フライトで帰国しました。

 以上ご報告します。(此の文は ホームページの htmlを textに読み替えたものです)皆様、良いお年をお迎え下さい。

 

 

  発言番号:

    発言者  :是松 三雄

    題名    カナダ大陸横断の旅

  登録日時:99/08/18

 

カナダ大陸横断の旅(その-1

 1998年6月14日成田発、7月2日成田着でカナダの旅を楽しんで来ました。

 バンクーバーからナイアガラまでの大陸横断鉄道の時刻表はインターネットで調べました。ナイアガラからニューヨークまでのバスの時刻表はダイヤネットの村瀬さんのアドバイスを得て、米国のYahoo経由、バスの時刻表も入手しました。

 準備した外貨は、前の旅で使い残した、100米ドルと、新たに購入した、僅か300カナダドルだけで、残は凡てVISAカードに頼ることとしました。ホテル、列車、レンタカーなど全て、自分で直接手配しましたが、トロントからニューヨークまでの旅については予約出来ぬまま出発しました。

 今回の旅は、マイレッジを貯めて手に入れた、無料の航空券を使うため、やむを得ず成田からサンフランシスコに飛び、米国に入国の手続きをしてから、バンクーバーに飛ぶこととなりました。しかし、この入国手続きのお陰で、後日、ナイアガラからタクシーで米国に入国する際には、パスポートを見せるだけで済み、ケガの功名となりました。

 サンフランシスコからバンクーバーへの飛行機が30分ほど遅れ、暗くなるのを心配しましたが、着陸して見ると、同地の午後6時は東京の3時の明るさでした。これは、緯度の差に、更に夏時間の差が加わってのことです。

 ホテルに荷物を入れ、早速、地下鉄に乗って、メイン駅に切符を引き取りに行きました。地下鉄は改札も検札も無く、無人運転で、市民の良心を信じて運転されているらしいのです。時たま検札はあるが、切符は二時間有効なので、時間内の切符を持っていれば、何度でも好きなだけ乗って良いと聞きました。驚き!。

 その日のテレビのニュースでは、日本経済の不振がカナダ経済の不振に繋がり、カナダ・ドルが大幅に下落したとの報道が繰り返されていましたが、15年振りに見るバンクーバーは健やかな成長を続けたように見えます。

 16日夕刻、VIA鉄道の一等寝台に乗車し、ジャスパーに着いたのは翌日の午後1時でした。寝台個室は同社のパンフレットに紹介されている写真よりやや狭いと感じましたが、サロン、展望車、食堂(メニューを含め)は満足出来るものでした。

 カナディアン・ロッキーの訪問は今回で4度目ですが、山も湖も25年前と全く変わらぬ秀麗さを見せて呉れました。

 少し変わったのは、鹿が町中に頻繁に出現する様になったことです。ジャスパー・パーク・ロッジでは私の借りたバンガローに鹿の親子が、特に夕方から朝に掛けて出て来ました。人間が自然を破壊して鹿に近づくと同時に、鹿も人間の近くに居ることで他の猛獣から身を守ることが出来ることを覚ったものと言われています。それに、コロンビア氷原パークウェイの幅も、1部ではありますが、大きく広げられ、物資の輸送に大きな役割を果たしているようでした。

 25年前には木造だったレイク・ルイーズのシャトーは、当然のことながら、コンクリートに変わっています。その昔、ここを訪れ、空室を見付けて泊まり、夕食時にはネクタイが無くて食堂に入れず、ボーイ長からネクタイを借りて食事を摂ったことを、懐かしく想いだしました。勿論、今の従業員に木造のシャトーの話をしても木造のシャトーを知る年齢の者は居ません。

 写真の対象として世界で最も高い頻度で採り上げられている、カナディアン・ロッキーの心臓部とも言うべきレイク・ルイーズは、昔と全く変わらぬ静かな美しさを見せて呉れました。

 「一度カナディアン・ロッキーに来た者は、必ずまた来ようと心に誓う」と良く言われますが、全くその通りになったのです。

 レイク・ルイーズとジャスパー・パーク・ロッジとに合計5泊し、約1000?qをドライブしてロッキーの景勝地を巡り、再び寝台車の人となったのは6月22日の夕刻でした。

 

カナダ大陸横断の旅(その2)

 

 今回の列車の旅で、バンクーバーからの一等車に乗り合わせたのは、社用ゴルフが主目的の8人の日本人・団体、やはりゴルフを楽しむために来た二人の日本人中年男性、我々夫婦、残りは英国から、カリフォルニアから、バンクーバー郊外からなどの白人夫婦4組でした。ロンドンからの男性の一人は常時ビデオカメラを持って車内をうろうろしています。聞くと、帰国して編集し、友人達を集めて披露し、羨ましがらせるのが、退職後の最大の楽しみだそうです。その方の奥さんは個室に留まる事が多いようでした。

 日本人は、全員ジャスパーで下車し分散しました。ジャスパーの駅で荷物待ちの間に知り合った品の良い老女は、米国南部の人で、8年前に夫を亡くし、今回は再婚旅行だそうです。ジャスパーはすばらしい、幸せだ、と繰り返していました。着いたばかりなのに、何故でしょう?

 5日間、カナディアンロッキーをドライブした後、再び、我々がジャスパーから乗車した時の一等車の乗客は、日本人は我々夫婦だけで、あとは英国からの2組みの夫婦、カナダ人夫婦、と独りのカナダ老人でした。食堂のテーブルを一緒にした英国からの夫妻は、英国の大手化学会社を引退し、昔、駐在したトロント近くの工場へ行き、旧友を訪ねると言う上品なカップルでした。カナダBC州の夫妻は、Hospitalityに溢れ、カナダの印象を良くしようと、全員に、お孫さんにどうぞと、カナダのバッジを配っていました。無口な独り旅の老人は、トロントでの在郷軍人会に出席が目的と言っていました。

 高齢者専用と思われたこの列車も、トロントに近づくにつれ、若い人が次々に乗車し、更に、車内の普通車から一等への移動の制限も緩和されるのか、若者がサロンカーに来て、煙草をのんだり、トランプで遊んだり、議論したりで、車内の雰囲気が徐々に変って来ました。サロンに常時用意されていた果物は無くなり、サンドイッチもビスケットに替わって来ました。先ほどの化学屋のOB御夫妻は自室に引っ込み、禁煙の展望車は我々二人だけと言う時間が多くなりました。サロンは煙草の煙が立ちこめていました。

 二夜に亘る列車の旅の途中、沢山の湖に出会いました。湖に落ちる夕日の美しさは、ナイアガラの滝と共に、忘れられぬものとなるでしょう。

 トロントに2泊し、公共の乗り物で市内見物し、再び、列車でナイアガラに向かいました。列車は普通車で満員で、ナイアガラで降りるのが大変でした。(そのまま列車でニューヨークに向かう人々はここで、一度下車し、通関などの手続きがあるようでした。)

 ナイアガラでは、滝を正面に望む部屋を予約していましたので、快適そのものでした。Oaks Innと言う小さい宿ですが、予約の時から、出発まで親切でした。

 なお、ナイアガラからの出発が日曜日に当たり、VIAの列車が満席で予約できず、あちら此方に電話した挙句、AMTRACKに乗車ることとなりました。(バスの旅は疲労を考えると、お勧めでないと宿の主のアドバイスは正解でした)。おかげで、ニューヨークのペンシルバニア駅に着いたのは、月曜の午前零時半になりました、がAMTRACKのコーチ(普通車)は席も広く、快適でした。

 NYのホテルQuality Hotel & Suiteには、前日FAXを入れましたので、安心して深夜にチェックインしました。安くて安全でロケーションも便利なこのホテルは。団体客は居ません。部屋もサービスも悪いとは思いませんでした。回りには日本食、中華、イタリアンなどの食堂がたくさんあり、劇場街に近く、安上がりを希望の方にはお奨めです。ここで家内は、長旅の疲れがドット出て、1日半をベッドで過ごしましたが、最後の夜には、元気にブロード・ウエイのミュージカルを楽しんでいました。

 筆に絶するカナディアン・ロッキーの美を、何時の日か、訪ねられることをお勧め致します。なお、今回の旅は、1000?q のドライブにニューヨークまでの列車を合わせ、地上走行距離で、6300?q に達しました。

 

 

    発言番号:742( コメント)

    発言者  :萩野谷 徹

    題名    :カナダ大陸横断の旅

    登録日時:99/08/17 10:43

 

 是松様のカナダ大陸横断旅行を拝読させて頂きました。カナダは昔仕事で数カ所訪れましたが、ロッキーは全く知りませんので興味深く読ませて頂きました。日本人はバンフによく行くようですが、ジャスパの付近なのでしょうか。

 1000キロのドライブと書いていらっしゃいますがレンタカーで走ったのでしょうか。

 ある研究所を訪問したときに構内に鹿が沢山いるのに驚きましたが(研究所の構内は非常に広く、門を入ってから建物まで車で15分ほどかかりその間は森でした)、研究所の人は鹿は構内は狩猟禁止なのを知っているので構内にいるほうが安全なのだと冗談まじりに言っていたのを思い出します。

 私はJALNETに入っておりまして、パソコンで世界中のフライトが検索できますので、海外出張のフライトは全て自分で決めておりました。旅行会社が作成したフライト案は粗末なものがときどきありまして、満足が行かないことが屡々ありました。列車の旅は余りしたことがないので、これも楽しいものだと思います。最近は仰るとおり、yahooなりaltavistaなりサーチエンジンを使ってインターネットで検索すれば世界中の飛行機、列車、バスなどの時間表、各地の催し物(音楽会、展覧会、花火大会などなど)がいながらで分かるので大変便利になりました。

 機会があればカナダのロッキーや米国のイェローストンを是非走ってみたいと思っております。

 

 

    発言番号:751748へのコメント)

    発言者  :太田 中

    題名   

    登録日時:99/08/23 20:35

 

「旅行会社のこと」

 「近ツリ」のことで、私の言い方が悪くて申し訳あありません。

 「近ツリ」と「ジャルパック」を比べてみて、代金相応のサ−ビスだと言っている訳です。

 例えば、7−8日間の旅で前者が20−30万とすれば、後者は50−60万で、その差の多くはホテルと食事にあるようです。航空機はどちらもエコノミ−です。通常はビジネス、フ−ストは80−100万出さないと無理なようですね。

 萩野谷さんの中国旅行は「近ツリ」で大満足だったそうですが、これは殆ど高級個人旅行に近いものですから、我々の20−30名の団体旅行とは比較になりません。

 そのように、「近ツリ」にも高級なものはあるのですが、大部分は大衆目当ての低料金、所謂「関西商法」の抜け目無さで、今日日本一の旅行会社に伸し上がったのだと思いますよ。

 私の海外旅行の大半は「近ツリ」ですから、”愛用している”と言っても過言ではありません。

 萩野谷さんや是松さんは海外駐在が長くて、世界中が言わば”我が家の庭”みたいに、今でも自分一人で自由に飛んで行ける方々は羨ましい限りです。

 私など海外勤務は零、中高年になって、海外旅行を始めた者にとっては、旅行会社のツ−に頼るしかありません。アジアやヨ−ロッパの奥地を一人で飛び回っている若者に出会うと、いつも「もう少し若かったらなあ」と、ため息が出ます。もう、体力と気力が耐えられませんから。

 萩野谷さんは原子力が専門だそうですが、これまた事務屋の私にとっては、理解が難しいですね。

 考えてみたら、ダイヤ財団の賛助会社29社のうち、事務屋オンリ−は金融4社のみ、他は全部製造、流通分野ですから、技術屋が中心にならなければ、ニッチもサッチも行きませんよ。

 これからも、我々のために科学・技術の初歩を啓蒙して下さるようお願いします。