B4 書籍・書評

 

 

  発言番号:351

  発言者 :巖 隆吉

   題名  :宮沢賢治生誕百年「賢治研究」を読んで

  登録日時:98/07/20 21:49

 

 我が家の近くに上記「賢治研究」編集長の宮沢哲夫さんが住んでおられる。そのお方から記念特別号「賢治研究」70号をいただき、不充分ながらも今回やっと読み終えることが出来た。

  この冊子の総合テーマは「生きつづける賢治ーそのメッセージをただしく受けとめているか」であり、「賢治研究」の権威者の小論文が数多く掲載されている。

  しかし、私自身戦中派で戦時中はもとより、戦後も会社員として日本の経済復興にのみに猪突猛進していたため(理由にはならないが)もあり、宮沢賢治の書いた作品については、残念ながら全くといっていい位読んでいなかった。

  それでは手はじめにと、家の中にある宮沢賢治の著作を二三読んでからこの特別号を読んだ次第。

  ここに敢えて、この中から引用しつつ、まことにささやかで幼稚なコメントを入れますので、宮沢賢治の著作なり詩、さらに花巻の賢治のふるさとを訪ねたことのあるお方は、その思い出なり感想をコメントしていただければ幸いと思います。

  幾多のお方が触れていますが、宮沢賢治は大層な博識でユニークな発想のお方としみじみ思います。詩も童話も独立自在、西欧文学にも偏せず芭蕉についでの日本の世界に向けての文学的発信源にもなるだろうということもあながち夢ではありますまい。

  岩手山をメキシコの山、噴煙山に擬したり凄い連想力ですね。岩手山を始め、あの地方の山々や川を巧みに取り入れていることに先ず敬服します。大自然、宇宙を取り込んだ童話や詩には大きな夢があり現在の日本に警鐘を鳴らしているようにも思えます。生まれながらのロマンチストでしょうか。

  また、賢治は博識に加えてその表現も多岐にわたるので、その賢治独特の用法を解説した辞典まであるということを知って改めて感心しました。

  賢治は大病をしている。このことが彼のこころをより豊かにしているのではないだろうか。苦難に勝った人は強い。

  賢治は母思いであるが、その母の「ひとというものは人のために何かをしてあげるために生まれてきたのス」という言葉に感銘した。

    また、「西ニツカレタ母アレバ行ッテソノ稲ノ束ヲ負イ」という詩には誰しも感動するだろう。

  イートハーブインタービューで賢治の源風景をテーマにしている滝田さんが、和紙を使っての水彩の虜になったと述べている。まさにボカシの面白さと、絵は現場で全部仕上げないと、現場の雰囲気が違ってくるので駄目だとも述べていますが全く同感。更に彼が主張しているように、花巻だけでも是非雑木林の多い町にして欲しいと思います。

  賢治は往々にして、超人や超能の人に仕立てられがちだがそれは色眼鏡のかけ過ぎだと述べているお方がいるが、あまり偶像視するとその本質を見誤るおそれがあるので、心すべきことだろう。

  賢治の友緑石は、軍隊時代検閲を避けるため宛名は一才のわが子あてとして妻に「つばめになって飛んで帰りたい」という熱い思いの詩を送ったという。この緑石が「銀河鉄道の夜」のカムパネルラではないかと指摘されているがおそらくそうだろう。

  沢口さんが「ブナ林に行くと空気が良くて、ブナの木も美しくとてもすばらしい」といい、その緑地の保護を訴えていますが、賢治の精神を現在の日本で具現する一つの方法でありましょう。

  賢治は盛岡中学校の5年に操行丙を貰っているのには、大変驚いた次第。当時流行っていた舎監排斥運動のための由でなるほどと思ったが、またこの中学校の成績からは後年の厳しい精進をうかがうことは出来ない。この賢治の反逆精神がお互い矛盾を呼び、どのように調和し理論的支柱としての「四次元世界」の構築にいたったのかはよくわからない。何れにせよ賢治の世界は相当突っ込んで研究しないとわれわれ凡人には理解しにくい大宇宙的深い世界であろう。

   文学に全く疎い私が、感ずるままを纏まりもなく記述しましたが、ご笑覧の上、多少なりともご批判なり感想のコメントをいただければと重ねてお願いします。

 

 

発言番号:354352へのコメント)

発言者 :太田中

題名  :宮沢賢治生誕百年記念「賢治研究」を読

登録日時:98/07/24 21:27

 

 宮沢 賢治について大変な勉強された由、その並みでないご努力に頭が下がります。

  昭和60年(’85)、私は青森の「ねぶた祭」へ行く途中、花巻温泉に寄りました。(この10日後、日航ジャンボ機群馬県上野村に墜落)宮沢賢治記念館が完成したばかりで、斬新なデザインと整った設備に大いに驚いたものです。賢治の遺品や著書等が要領よく陳列されている中で、最も感激したのが、小さなガラスケ−スに収まった古びた一冊の手帳でした。

  「雨ニモ負ケズ」が無造作に書かれていたのです。周知のようにあの有名な詩は、生前発表されたものでなく、死後遺品を整理している段階で、偶然発見されたものなのですね。本人はどんな気持ちで書き付けたのか、本当に興味をそそられる問題です。私にはシュ−ベルトの「未完成交響曲」の由来にそっくりの気がするのですが・・・。

  今、巌さんと深沢さんが挑んでおられる東海道五十三次のように、私は奥州街道歩きで2年前の平成8年3月下旬花巻を通過しているのですが、団体行動の上、冷たい雨の中で駅に急いでいましたので、ただ古い落着いた街並だった印象しかありません。

  この年が「啄木生誕110年、賢治生誕100年」で岩手は全県挙げて、記念事業に沸いていました。

  5月に立寄りました啄木の渋民村は、好天に恵まれ、ゆっくり半日留まりましたので、一木一草まで強烈に記憶しております。そして、啄木も賢治も好んで登り、作品に採り上げて、愛した岩手山が目の前にくっきりと聳えていました。

  二人とも盛岡中学とは言うものの、10歳の開きがありますので、同時に在学したことは無かったのですが、日本の最貧県でありながら、二人を含めて多方面に多数の人材を輩出した同中学は日本一のロマンチックな学校に想えてなりません。

  二人を比べると、育ちも人柄も考え方も全く正反対、このことを巌さんと話し合ったらおもしろいでしょうね。

  私が子供の頃は、賢治は啄木程有名ではなかったので、その「詩」「童話」は殆ど読んでおりません。

 だからと言う訳ではありませんが、 序に申しますと、平成8年9月    宮沢賢治−その愛「松竹作品」 同年11月 我が心の銀河鉄道「東映作品」は二つとも観ております。映画のことですから、誇張、美化、フィクションはやむを得ませんが、素朴で一本気で理想主義者の賢治像は大凡掴めたような気がします。

  以上簡単なコメントですが、多少でもご参考になれば幸いです。

 

 

発言番号:355354へのコメント)

発言者 :権藤 卓也

題名  :宮沢賢治のこと

登録日時:98/07/25 11:27

 

 巌さんと太田さんのコメントを読んで大変懐かしく、宮沢賢治に夢中になっていたころを思い出しています。

 もう、どういうきっかけで賢治に興味を持ったのか、それがいつ頃だったのかも忘れてしまっていますが、「宮沢賢治全集」を買って随分よく読んだことだけを覚えています。

 童話から読みはじめて、「銀河鉄道の夜」「セロ弾きのゴーシュ」「夜鷹の星」「注文の多い料理店」や「ポランの広場」「風の又三郎」など、それから詩集、これは難解な幻想的な言葉を散りばめた、しかしよく判らないなりに引きつけられて読んでいたように思います。妹さんが亡くなる時に作った詩「あめゆじゅ、とてきてけんじゃ(雨雪、取ってきて下さい)」なども何度も繰り返し読みました。

 巌さんや太田さんが指摘されているように、賢治は随分広い知識を持ち、また深い思索と・かな幻想とに満たされていました。熱心な日蓮宗の信者だったのでそのような詩も沢山あったように思います。バイオリンを弾いては生徒達に聞かせていたのでしょうか。賢治が作曲した曲もいくつかあって、私が今覚えているのは「星巡りの歌」と「ポランの広場」の夏祭の歌ぐらいしかありませんが、2−3年前でしたか、渋谷の五島プラネタリウムを見にいったとき、バックグラウンドミュージックとして流れていたのが「星巡りの歌」のメロディーだったので随分懐かしかったのを覚えています。(プラネタリウム側からはこれについては何の説明もありませんでしたが)「宮沢賢治全集」はまだ物置のどこかに押し込んであるはずです。いつかまた捜し出して埃を払ってみましょうか。

 巌さん、太田さん、ありがとうございました。

 

 

  発言番号:356355へのコメント)

発言者 :権藤 卓也

題名  :宮沢賢治のこと補足(2)

登録日時:98/07/26 10:08

 

 今、24日(金)から26日(日)までの予定で榛名高原邑にきています。これは山の家の庭の草刈りもさることながら、8月1日に実施する「高原邑の夏の懇親の夕べ」の事前打合せを兼ねた高原邑理事会に出席するためでもあります。私もここの理事長を引き受けさせられて今年が3年目になります。理事長というと何かえらそうですが、要するに村の世話役で、180戸の別荘村の道路整備、水道管理、ゴミ処理や各戸の伸びすぎた樹木や草刈りなどの環境管理など、高原邑を住みやすくするためのいろいろのお世話をする小使いさんということです。ついでに榛名町や地元との連絡や折衝などの仕事もあります。そんなことで月一回は榛名に来なければなりません。

 この高原邑は各種老人ホームなどを総合的に経営している社会福祉法人「新生会」の関連事業で、健康な高齢者がその余生を元気で山の家の生活で楽しめるように 30年前に開設されました。高原邑の運営は住人の自治に任されていますが、会計などの事務的な仕事は老人ホームの一つの事務所が代行してくれています。

 昨日の理事会は事務局のある老人ホームの集会室で開催しましたが、この部屋は図書室も兼ねていて壁にはぎっしりと高齢者向けの書籍が並んでいます。それで、棚を眺めていたら何と「宮沢賢治」がありました。と、長々とこれまでが前置きです。

 「宮沢賢治」を借りてきました。角川書店版・昭和文学全集・第十四巻・宮澤賢治集で、昭和28年の初版本です。約380ページの3段組でやや小さな活字でぎっしりと詰め込まれていて、もう随分茶色に変色しています。しかし、パラパラとめくって見ますと、昔読んだ覚えのある作品はすべて入っていて懐かしく思いました。

 前回のコメントは、昨日理事会に出かける前に書いたので、ウロ覚えのままで思い違いもあって、もう一度コメントすることにしました。

 賢治が日蓮宗の信者であったというのは、法華経に帰依していたといったほうが正確のようです。19歳の時に法華経を読んで感激、「驚喜して身顫ひ戦けり」と、爾来、生涯の信仰となったとあります。そのため、賢治の作品の底流にはすべて仏教の教えが流れていることを感じます。「夜鷹の星」は「よだかの星」が正しいのですが、よたかという鳥は醜いために皆にいじめられ、夜空を飛びながら虫を食べては彼らの命を奪わなければならない宿命を嘆き、星々に助けを求めて遂には赤く燃える星になってしまうという短編ですが、これもその一例でしょう。

 詩は「春と修羅」の表題で4集までありますが、賢治の心の奥底には常に修羅というものが潜んでいたのでしょうか。この詩はどれをとっても、久しぶりに読み返してみても、難解で私ごときには歯が立ちません。「あめゆじゅとてきてけんじゃ」(正しくは「あめゆじゆとてちてけんぢや」)は「無声慟哭」の中の妹の言葉でした。賢治が27歳の時、2つ年下の妹トシの臨終の時の朝をうたったものですが、高熱にうかされた妹が、庭の松に積もったみぞれを取ってきてくれと頼み、松の枝もあつい頬にあてて「まるで林のながさ来たよだ」と喜んでくれた様子などを悲痛にうたっています。

 「銀河鉄道の夜」に限らず、先程の「よだかの星」もそうですが、賢治の作品には星の話が一杯でてきます。賢治の生きた大正から昭和の始め頃までは、夜空も澄んでいて星も美しかったのでしょう。私も中学生のころ、昭和13、4年頃ですが、星空に夢中になった時期がありました。野尻抱影の「星座巡礼」を片手に、そのころはまだ天の川も良く見えて、夏、秋、冬の星座はほとんど覚えたものでした。ただ、冬寒くなるとさぼってしまって夜空を見ることがなくなるので、春の星空はいまだにどうも苦手です。それで星座にまつわるギリシャ・ローマ神話などもこれは岩波文庫の野上弥生子訳でやはり夢中になって読みふけったことでした。賢治の作品の中の星は、記述が非常に正確なので、その情景の中での必然性がよくわかります。「銀河鉄道」の最後に近く、カムパネルラが消えてしまうところで、天の川の真ん中にある真っ黒な孔、石炭袋の話が出てきますが、これもよく晴れた美しい銀河であれば、実際にその孔を確認できます。もっともこれは孔ではなく、暗黒星雲が背後の星々を覆い隠しているのですが。もう東京では夜空を見上げても、良く晴れた夜でも3等星までがせいぜいで、天の川などは絶対にみることはできません。ここ、榛名の高原では、天の川は何とか見えますが、それでも東南方向は高崎、前橋の灯で明るく、天の東半分は星空を楽しむというのには遠くなりました。

 借りた「宮澤賢治集」には賢治作曲の2つの作品が収録されていました。「星めぐりの歌」と「牧歌」(種山ヶ原の夜)です。これも久しぶりでした。

 お蔭様で、40年ぶりに賢治に再会して、楽しませてもらいました。有り難うございました。

 

 

  発言番号:357356へのコメント)

発言者 :巖 隆吉

題名  :宮沢賢治のこと(2)

    登録日時:98/07/27 12:26

 

 太田さん、権藤さんコメント有り難うございます。私自身は賢治については極めて皮相的観察しか出来ませんので、皆さんの知識が深いのに大変敬服しています。太田さんは記念館にも立ち寄っておられ、また映画まで見ているとはさすがですね。私も啄木の渋谷村とその山奥の生誕の地には行きましたが、花巻には行っていませんし啄木と賢治とのことについては、まだそれほどの知見はありません。

  賢治がシューベルトの未完成交響曲のようだとのお話し、まことに良い譬えだと思いました。賢治没後今になお大きな影響を残している賢治にピッタリかなと思っています。

  権藤さんもおっしゃっている通り、賢治は極めて広い知識の持ち主ですね。ある個所に蒸気機関の模型汽車の話がありましたが、私たちより30年も昔のお方でしかも岩手の田舎にいて随分進んでいたのですね。私も昭和9年小学4年の頃、蒸気ピストンのボートをやっと買って貰ってアルコールを焚き川で動かしたのを覚えていますが、既にそれより前の大正年間そのような模型がありそのことを著作に入れていることに大変驚きました。尤も賢治は東京に住んでいた時、色々と新しいことに関心を持って接した面もあろうかと思いますが現在から見ても大変な知識に感心しています。模型について思うのですが、大正年間も蒸気ピストンやモーターを使った模型も出ていたのででしょうね。(一寸横道で余談ですが...。)

  権藤さんは私と違って昔から夢中になって賢治の著作や詩を読んでおられたとのこと、また早速高原邑でも改めて賢治の著作を読まれたとの由。賢治のことには大変詳しいようですね。確かに星の話がいっぱい出て来て、その点ではまさに現在の宇宙旅行を予言しているのかなとも思える面が多々あるようにも思います。

  昔は星座表で星空を見て楽しんでいましたが、今は全く無理でこの近くの天文台も光学観測がだんだんと出来なくなっているようです。大分前に行きました乗鞍岳のすぐ下の休暇村からは昔通りの星空が見えましたが星空の面では、今の日本はさびしくなりましたね。

  ささやかなコメントを入れます。有り難うございました。

 

 

  発言番号:523

  発言者 :村瀬敏哉

  題名  :閑話休題

    登録日時:98/12/24 10:32

 

 大変尾籠な話ですが本を買いに行ってトイレに行きたくなったご経験は有りませんか?

 私は不思議と書店で本を探し始めますとこの様な状況に陥ります。そこで最近はサービスの良い書店で初めから店員に依頼して持ってきて貰うかインターネットで紀伊国屋に注文する(若干高くなりますが)等の事をしてます。

 自分一人の現象かと思っていた処最近読んだ週刊誌にこの現象に就いての面白い記事が有りましたので他にも居られるかと思い以下転載します。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 書店に入って本を探してるうちに、トイレ(大のほう)へ行きたくなった、という経験はありませんか。

 之は昔から多くの本好きをいぶからせてきた現象で、高名な作家の中にも。書店で急に便意を催してトイレへ駆け込んだ。とゆう人が少なくない。

「紙や印刷インクのにおいが刺激するからだ」という説がある。「むつかしい専門書を見て圧迫され、緊張するせい」と唱える人もある。あげくの果てテレビが、「便秘解消には本やへ行くこと」と茶化すまでになった。

 だが、風邪が吹けば桶屋が儲かる、みたいな、まるで脈絡のない話なのでまじめには取り上げられず、ほんとうにそういう現象がだれにも起きるのかどうかに長いあいだ謎のままだった。

 「それは、ごく普通の現象です。便秘ぎみか、朝トイレに入らずに書店へ行って三十分もいれば、だれでもそうなることがわかってきました。」と最新の研究成果を明かすのは信州大学医学部教授(形成外科)の松尾清さん(45才)。

 マブタの手術で扁桃痛などを治療するのがご専門だが、「要するに、本を手に取り、マブタを伏せて読んでいる、その姿勢が原因なのです」私たちのマブタは交感神経とつながっていて、マブタの動きが情報としてからだのあちこちへ伝えられていく。

 「その場合、マブタを大きく身開けば交感神経のスイツチが入り、マブタを伏せて半眼になるとスイツチが切れるんです」書店へ行くまでの路上では、車にぶつからないよう、しっかりマブタを開いて歩いている。このときには交感神経のスイツチON。店に入って本を手に取り、マブタを伏せるとスイツチOFFになる。

 「交感神経のスイツチが入っていれば緊張してますから。便意を催したりしません。書店でスイツチが切れると緊張がほどけ、トイレへ行きたくなるのです」「もともと人間がマブタを大きく見開くのは、闇の中で敵と戦う準備のためでした」だから同時に交感神経のスイツチもONになり、けがをしたときの出血を防ぐために血管が縮んだり、滑ってころばないよう手足に汗をかいたりする。そんなときにトイレへ行きたくなっては困るから、もちろん腸は動かなくなる。

 「現代でも、しっかり目を開いて車の運転をしているようなときに、トイレへ行きたくはならないでしょう」一方、マブタを落として半眼になるのは、僧が座禅して瞑想する姿で、交感神経のスイツチは切れ、全身が緊張から解放されている。

 「ですから眠くなりますし、腸ものびのび働いて便意が起きるのです」となると、書店だけでなく、マブタを伏せて半眼になる場所ならどこでもトイレへ行きたくなるはずだ。

 「はい。図書館、レンタルビデオ店、スーパーマーケットでも同じ現象が起きます」レンタルビデオ店では本と同じようにビデオを手に取って見るし、スーパーでは値札を見る。「ただ、そうゆう姿勢を三十分くらい続けなければ大丈夫です」書店で週刊誌を買い、すぐ立ち去るだけなら、からだに何の変化も起きない。ながながとコミックの立ち読みをするようなときが、いちばん危ない。

 「もう一つ、おなかがすっきりした状態で店へ入ればいいんです」

 逆にいうと、便秘の人が書店へ行くのは正解だが、三十分以上立ち読みする必要があることになる。             *週間文春12/17より