2)企業退職高齢者の生きがいづくり−参加者の声−

 

  情報ネットワークによる企業退職高齢者のコミュニティの形成・モデル事業では、企業現役が提案する仕掛けではうまくいかず、結局は企業退職高齢者である参加者が、企業OBの立場でコミュニティ形成に自ら知恵を出し、行動した。これに続いた当研究では、コミュニティの更なる展開とともに、参加者自身が、運営委員会、研究会活動を通して、自分自身に、また他の会員にとって役立つ情報とは何かを探求した。

  こうした活動の結果として、企業退職高齢者の生きがいづくりとしての評価はどうだったのか。ここを論ずる前に、モデル事業の時、現役の提案ではうまくいかなかったことを思い起こすべきかもしれない。つまり、企業現役が想定している「企業退職高齢者の生きがい」と企業退職高齢者のそれと基準が違うようである。

  そこに留意し、ここでは「企業退職高齢者の生きがい」についてダイヤネットワークに参加した会員の声を直接伝え、その声の中から読者自身にくみ取っていただくこととする。

 

@会員からよせられた小論文

  ダイヤネットワークに参加して何がどうかわったか−良かったこと、悪かったこと−

 

  会員に、電子会議室を通じて小論文提出を呼びかけた結果を以下に収録する。(平成11年)

 

  発言者:村瀬 敏哉

  題名  :事務局からのお願い

 

  会員からの小論文募集の依頼がシスオペから有りましたので早速下記文章をメールしました。大変お粗末なものですが、これから書かれる方がこれを見て書きやすくなるのではないかと思い転載いたします。尚これと同様にこの趣旨の文章はシスオペ宛のメールと同時に会議室にも載せられては如何でしょうか。

  又シスオペからも連絡有りますように、今後の運営も考えてなんでも結構ですので、多数の方がこのフォーラムの会議室を利用されることを期待致します。

                        記

  ”好きこそものの上手なれ”と云いますが人間何かに興味を持って初めて本気になってそれに挑戦しものにするのではないでしょうか?

  数年前に財団が老人力に対してパソコンのカリキュラムを始めたときに二十数名の会員が手を挙げ参加しました。キーボードを触ることからはじめて文字の入力からメールの受発信まで一応大半の会員は卒業しました。しかし内容が一部年寄り向きで無かったこと、更にはOSがwindows3.1から95に進化し、又インターネットに就いては殆どふれて居らなかった。DDDの会議室も余り馴染みがなかった等のため、補習の意味も含め有志で自主研修会を頻繁に開き技術を磨きました。更に旧化成の十数名のグループ更には口コミによる会員の増加もありダイヤネットワークの会員数は現在は八十名を越えるグループにまで発展しております。

  コンピューターはこれからの時代には不可欠のツールだと思います。何でも出来ますが、何せ機械で融通が利 きません。”.”と”、”が違っても云うことをききません。更に取扱説明書、解説の本も特殊の言葉が多く解り難いものばかりです。又文章で取り扱い方を説 明するのも難しく、実際に機械に触れて実習するのが一番手っ取り早い方法かと思います。幸いnifty社でセミナールームを提供頂けましたので新たに”DOCOKAI”をつくり原則として毎月一回有志が集まり勉強して居る現状です。此方も現在45名の集まりとなり、既にホームページを持たれて居る方も数名居られ、大変レベルも高くなってきております。

  これだけの数の会員でも皆さんコンピューターの使用目的が違います。ホームページ迄いかれた方、積極的にDDDに投稿される方、インターネットを活用されて居る方、メール中心にお使いの方、DDDは一応見て居られる方、写真・音楽等をやられる方、それ以外のソフトを入れてゲーム等を活用して居られる方と千差万別かと思います。ただ冒頭に書きましたように 興味・目的が無ければなかなかものに為らないのではないでしょうか?ただ折角あるフォーラムですので会議室には何でも結構ですから記事を入れていただいてお互いに頻繁にやり取りしたいものです。

  来年以降の事についてこれから色々決めねばならないようですが会員を増やすのはやはり口コミが一番良い様ですね。ただ数だけ増えてもスリーピングメンバーでは何も為りません。本当に興味を又必要性を感じて居られる方が入られるのが良いと思います。又会員になるメリットが有れば最良ですがこれも云うはやすく、すぐにはなかなか出来ないと思います。

  最後に私のダイヤネットワーク、更には財団に入った一番のメリットは定年後にも関わらず油化以外の三菱各社のOBの新しい友人の輪が広がり、或いは酒を酌み交わし、ハイキングをし、又DDDを通じて植物・鳥類、その他の方面のオーソリティーから色々お教え頂いたことです。老人の生き甲斐としてこの様なサークルがたくさん出来て忙しく為ることは本当の幸福と感じております。これからも宜しくお願い致します。

 

 

  発言者:巖 隆吉

  題名  :事務局からのお願い

 

   事務局の提案、非常に結構なことと思っています。村瀬さんがこの欄で皆さんからのコメントも併せて披露してはどうかと提案されています。

   ついては敢えて私の感想も下記に載せます。今まで何回も同じようなことを申し上げていますのであまり新規性はありませんがあしからず。

                               

   ダイヤネットワークに参加して何がどう変わったか?」

   先ず第一にいえることは、パソコンについて今の年配になってこのように馴染むとは到底考えられなかったのに、只今現在不充分ながらもパソコンを使っての交信や会議室参加、ホームページ閲覧と多岐にわたり毎日パソコンを友としていることは全く不思議だなと痛感しています。

   そもそも今から3年半前、財団から高齢者へのパソコン研修の話しがあった時は70才を過ぎて今更と極力避けていました。ところが何回も勧誘されて、その研修会に参加しました。現在の私があるのはまさにその財団のお陰としみじみ感謝しているところです。

   最初の頃は、つまらない操作ミスで上手く動かずいささか神経的にも疲れましたが、馴れるにつれて大胆になりまだ、充分判らないことでも段々と度胸がついてきました。その点では主として会社内での操作に終始する若手社員よりも他流試合をしている面での強さ(一寸言い過ぎかな)もあるように思えます。シルバーがこのようにパソコンをやることにより、パソコンに対する畏怖感もなくなりスンナリと現代の流れを掴むことが出来るのではないかとも感じています。

   特に、ダイヤネット内の交信や会議室参加により交友範囲は大きく広がり、それが刺激となって何事にも挑戦しようとする意欲が出たことも、新しい生き甲斐とも思っています。ダイヤネット会員の内、福田さん、深沢さん、村瀬さんたちとは全く面識もないのに最初はメールで結ばれました。現在「広重東海道五十三次」を深沢さん等と歩いていますがこの発端もダイヤネットのお陰でした。

   また、このダイヤネットワークの色々な経験が、その他のグループとのメールを通じての接触、例えば三鷹市のSOHO、世田谷のかけだしの会、松下電器の社会文化部、さらには戦没同期生調査等や国内外との通信、ホームページでの種々の調査連絡等その輪は大きく広がる端緒となっています。そのように若い者同様次々と全く予期しない方向にもその交友の輪が広がっています。

   このように良い面が極めて多いのですが敢えて悪い面も申し上げます。接続していると、つい夢中になり家内のいうことを全く聞かないで時々肩こりや目の疲れを覚えることもありますので、時には気分転換が必要でしょう。

 

 追記

   シルバーの中には今更パソコンは駄目だ、またパソコンをやる必要は全く無い、また、教育者の中にもパソコンをやらせると思考力が無くなる、というようにパソコンにいささか批判的なお方もいます。

   でも現代はパソコン抜きでは考えられない程パソコンに依存しています。また、パソコン自体のハードの進歩はすさまじく簡単で使いやすくなっています。さらにソフト面でも興味を引く良いものが出回っています。

   コスト面でも若干の初期投資を除けば接続料等極めて安く交信なり情報入手が可能な時代を迎えました。

   われわれダイヤネットのメンバーとしても、この際これからもパソコンで結ばれる同志を極力増やすようこころがけましょう。

 

 

  発言者:向山 光雄

  題名  :私とパソコン

 

  平成9年2月出身会社の昭和23年入社の人達がパソコンを始めるのでどうかと奨められ年甲斐も無く其の組に入れてもらつた。明治生命と早稲田電子校による家庭教授による研修に入つた。4月中旬にパソコンのハ−ドが故障し修理に1ケ月も要した。この間同僚は教科も進み焦つてノイロウゼ気味になりパソコンを 止めようとした。

  処が其の時大前氏より教えてくれる人を紹介するから我慢して止めぬ様連絡があつた。パソコンの修理も終え7月2日に巌、村瀬、大前の3氏が来られて指導して貰つた。これが富士見会の発端です。この頃藤倉さんよりDDD入会のお奨めを受け何も知らぬまま入会しました。特に村瀬さんには,判らぬ点が出てくると其の都度来宅20数回に及ぶ指導を受けています。機械音痴の私が今日パソコンが曲りなりにも操作できるのはこれら皆さんお蔭で深く感謝しています。私を知るものは皆驚愕しています。教習の方も無事終了出来ました。

  DDDに加入してみますと、先輩の皆さんは機械のみならず、動植物、歴史,囲碁,俳句等造詣が深く幅広い趣味を持つています事に驚きいりまして何ら趣味のない自分が恥じ入りました。

  財団を中心としてかかるグル−プをもつた企業なり企業グル−プはないとおもいます。人の見えないメ−ル交信では意味が無いですが、DOCOKAIをはじめ各種の分科会は単に研修のみなず懇親会で顔をあわせ種種懇談できることです。私は嘗て色々の分野の人と交友して来ましたが、今回始めて新しい友人が出来た事を喜んでいます。

  是だけの出来あがつた組織を生かし新しき財団及びDDDを基礎として新たな発展を皆で考えるべきと思います。パソコンを始めて早2年を過ぎました。皆様のご指導にも関わらず遅々として進みませんが私のような高年齢,機械音痴でもご指導を受ければ其れなりのことは出来る様に成る事は知つて欲しいと思います。

  現在会社や地方の親戚の連絡に大変役立つていますが、つい最近では病院の主治医の先生に病状を報告してその指示を受けています。

 

 

 編集付記

  ご意見をお寄せいただいた向山光雄様は平成1194日他界されました。電子会議室に掲載されました追悼のお言葉を以下に収録します。(掲載順)

 

 (巌 隆吉)

   化学の大先輩であったが同時に、ダイヤネットワークの中でも元老のような存在でもあった向山さんが9月4日この世を去られてからもう15日も立ちました。

   向山さんをご存知のお方は突然の急逝で随分と戸惑われたことでしょうが、私自身も亡くなる1ケ月前の8月2日、大前さんとお見舞いした時には極めて元気でこの暑い夏が過ぎるまで入院していようとのことだったので、さほど心配はしていませんでした。それだけにその驚きと落胆は言語に絶するものがありました。

   向山さんとは会社では直接のご関係は少なかったが、この約2年間、パソコンでのお付き合いで非常に濃くなっていました。それは向山さんのパソコンとプリンターが故障気味で困っておられると大前さんよりお聞きして、ベテランの村瀬さんをお連れしてからのことに始まります。それからしばしば村瀬さん大前さんとともにお伺いしては昼はパソコン、夕方は例の通り一杯のご馳走と会を重ねました。その集いの「富士見会」の経緯は向山さん自身がダイヤネットの会にてご報告されているのでご記憶のお方も多いと思います。

   ところで、向山さんのパソコンへの取り組みは極めて几帳面で、メールの交換や住所録の整備、ゴルフ会のスコアの記録、さらには「西洋美術史」の整理等枚挙にことかかない程で、何れお孫さんとニックネームのある姪のお嬢さん(向山さんにはお子さんがいないのでお孫さんのようなお方)が整理されると思っています。

   なお、向山さんは今回の入院も担当医とのパソコン通信による病状連絡によって決定されたとのことで、最後までパソコンとともに過ごされていたようだし、ダイヤネットワークの会議室も良くご覧になっていて南京問題についても支那事変従軍経験者としてあの数字は中国一流の針小棒大、白髪三千丈の表現だとコメントをされている程でした。

   ここで私はかって掲示板に載せられた向山さんの「私とパソコン」という今では最後となったそのコメントを改めて下記に掲載したいと思います。(以下中 略)

   私どもとしても、向山さんのこのようなご遺志を汲みしましてダイヤネットやDOCOKAI、DODOKAIさらには連雀会の発展のため努力したいと思っているところです。

 

 (大前 安人)

  巌さん 向山さんの思い出有り難う御座いました。私にとつても向山さんは本当に忘れ得ない人になりました。向山さんとは、九州支店時代の一時期おつきあいがあり、その後東京で、ゴルフクラブのOK会のメンバーとして、しばしば御会いする機会が多くなつてきたところ、会社の同期会で羽鳥さんから、パソコン勉強会の希望がで、それに、同期の中山さん経由で、向山さんが、のつてこられたわけです。

  パソコンの勉強では村瀬さん巌さんの協力なしでは難しかつたのは事実ですが、ひたむきな努力、また向山さんの素晴らしい御人柄なども、よくわかり、急に亡くなられたのが残念でなりません。

  向山さんが主治医との連絡もメールでなされたり、意欲的にパソコンの活用にとりくんでおられた御姿をしのび、なんとかして、ダイヤネツトを実りあるグループに育て上げたいものですね

 

 (中山 典昭)

  DDDをあまり開いていなかったので遅くなりましたが巌さん、大前さんの向山さんへの追悼の記しみじみ拝読致しました。

  昭和23年に当時の三菱化成化成本部に入社して以来約50年間のお付き合いをさせて頂き、この間公私に亘り指導を受け、担当業務も引き継いで来た私にとってはかけがえのない方を無くし言葉もありません。PCを始める時一寸声を掛けたら直ちに参加を表明され以後は御両氏の書いておられる通り、何とか皆より一歩でも早く習得するべく頑張られました。

  仕事、麻雀、ゴルフ総てがそうでした。PCをお奨めした為これも例外で無くのめり込まれた為、会長退任後ゆっくり二人で海外旅行を計画されていた奥様の長年の夢が実現出来ず、奥様には大変申し訳無い事をしたと、亡くなられた4日に改めてお詫びした次第です。

  然しPCを通じての新しい朋友が出来た事は、ご本人大いに喜んで居られました。

  私も向山さんのご意志を継ぎDOCOKAIの繋がりを大切にして行きたいと願っております。

 遅くなりましたが一言。合掌

 

 (濱田 賢一)

  全く個人的な事なので伏せて居りましたが、私も入社間も無い頃、向山さんにお世話になった事を、申し上げさ せて頂きたいと思います。皆さん、仰言る通り、本当に面倒見のよい方でした。

  もう50年近くになりますが、当時私は、三菱化成黒崎工場に勤務しており東京本社に出張した折、仕事上、全 く関連が無かったのですが、そして、その経緯がどうしても思い出せないのですが、兎に角、入社同期の高井君と、 大変にご馳走になりまして、私は目白、高井君も江古田と、夫々自宅が近いのにも拘わらず、向山さんが、泊って ゆけと言われる侭に、お宅に泊めて頂き、翌朝ご一緒に出勤した思い出があります。(当時未だ、物の無い時代で、 独身寮で煎餅布団の身でしたから、ふかふかの厚く温かかった、あの布団の感触 は、今でも忘れることが出来ま せん。)

  6日のお別れの会」の際、その事を、どうしても申し上げたく、皆さんがお帰りになるのを待って、漸く、奥 様とゆっくりお話が出来ましたが、奥様も結婚間も無い頃のことで、よく覚えている」と仰言られ、50年振り のお礼とはなりました。

  同窓の先輩でしたが、あまりご一緒の機会が無い侭のところ、DDDのお陰で再会、DOCOKAI等でご一緒 の他、プリンターのことや操作のこととかの後、種々のお話をされる20分以上もの長い電話を、何回か頂きまし たが、それも悲しい思い出となりました。

  改めて、向山さんのご冥福をお祈りしたいと思います。

 

 (森口 勝)

  あんなにお元気で張り切っておられた向山さんが、94日に亡くなられたというメールを受信した時は全く驚き、 今でも信じられないような気持ちです。8月の始めに向山さんが入院されているがお元気だと伺い、9月に入ったの で一度お見舞いにお伺いしなければと思っていた矢先のことでした。

  向山さんにお会いしたのは、722日のDOCOKAIが最後になってしまいました。私は三菱化成に入社して、子会社 に出向したり復職したりで、特に1965年から退職する94年まではずっと関西勤務、しかもその内退職までの24年間 は関西熱化学勤務だったためか、向山さんとはすれ違いが多くて、同学窓の先輩でありながら親しくさせて頂くよ うになったのは、明生システムサービス社の「熟年から始めるパソコン通信」を受講するようになってからでした。

  しかしながら向山さんとお目にかかってお話しをしたのは、私が関西熱化学社加古川工場長を勤めていた時代の 86311日(火)でした。当日は三菱化成ビニル社の社長だった向山さんと、三菱モンサント化成社の脇田代子 郎相談役、森本一郎会長を、関西熱化学社の佐野陽社長が広野ゴルフにお誘いした時でしたが、生憎の雨だったため、予定を変更して工場見学にご来場頂いたという次第でした。その時に応接室で皆さんと共に撮った写真を手にしながら、感慨無量、諸行無常の感ひとしおです。

  顧みれば97年2月3日(月)この日も雨でしたが、明生システム社主催で、「熟年からは始めるパソコン通信」第1回目の実技講習会が開催された時、それまでに何回か事前の会合を持った折りには見えなかった向山さんのお姿 を拝見して、内心驚き且そのファイトぶりに感心したのを覚えています。

  キャノンプリンタの不適合、パソコンのダウン等々初心者にとっては難儀なことが多く、明生システム社のパソコン通信の課題8問の作成にはお互いに大変苦労しましたが、早稲田電子専門学校に作成した課題の提出を終り、97年11月18日の講座終了式で「優秀終了証」が早稲田電子専門学校の山田校長から各人に渡されました。グループ全員12名が課題の提出を終え、完全に課程を終了したことを関係者の方から称賛されましたが、その時の向山さんの嬉しそうなお顔がとても印象的でした。ご本人も述懐されておられるように、色々とご苦労が多かったのを、向山さんのお人柄により、回りの方々の応援もあって無事に終了されたのですから、お喜びもひとしおだったことと拝察いたします。

  パソコンの会合には何時も参加され、私達パソコン同期の DODO会の会長になっていただいて誇りに思っておりましたのに、俄かに昇天されてしまったのは誠に残念でなりません。心からご冥福をお祈り申し上げますと共に、向山さんがパソコンにかけられた情熱を鏡として、拙いながらも自分なりにパソコンの勉強を続けて行きたいと思っております。

  向山さん!どうか私達パソコン仲間の行く末を見守ってくださいますように。

 

 (樋口 三男)

 向山 光雄さんを偲ぶ

   向山さんを存じあげたのは、私が゜「三菱風土抄」の-マで、会議室に発言してからで、ある懇親会の席上、ある人から引き合わせられ、「頑張って続けるように」と激励されてからで、その後の「南京事件」でも、該博な知識と経験でコメントを頂き、又、同じ「ミツオ」という事もあって、お近つぎをいただいた。お体を気遣ってかアルコ-ルのほうは遠慮された風で、同席させていただいたおり、ソバなど食べられるよう薦めた事もある。化学関係者の間では、先輩、重鎮として扱われたように見受けられ、人格的にもさもありなんと思われる節がありました。短い期間のお付き合いでしたが、印象に残る忘れ得ない方でした。あの世で、私も近い内にまいります事故その節は語り尽くされなかった事等語りましょうと申しあげ、向山さんを偲ぶ言葉と致します。色不異空空不異色合掌。

 

 (村瀬 敏哉)

  従前から是非向山さんに追悼の記事掲載したいと思っておりました処巌さんが載せられましたので私からも一言お悔やみを申し上げたいと存じます。

  今は三菱化学ですが現役の頃は油化に居りましたが化成の方々との交渉は無く巌さんに始まっての殆どの化成の方とはダイヤ財団に参加したことによるものです。向山さんとも巌さん大前さんを通じて初めて知り合いました。主としてコンピューターのお手伝いに終始致しましたが大変真面目な方であのお年で始められても全てご自分が納 得されるまで遣って居られました。excelでゴルフのスコア管理のソフトをお入れしましたが熱心に統計を取って居られさらにそのスコアが私よりずっとよく又回数も私は昨年は10回しかプレーしませんでしたが確か20数回やれて居ったようでした。又お暇の時には麻雀のソフトで暇つぶしをして居られるのも拝見致しました。

  8月の始めに巌さん大前さんと順天堂にお見舞いに行くお約束しながら病気の前兆のような眼の病気で参加出来ず最期となった面会が出来ず残念でたまりません。

  ほんの短い期間でしたが大変な人格者とお付き合いできましたことは私の財産となりました。改めてご冥福をお祈り申しあげます。

 

 

 

 

  発言者:青野 淳美

  題名 :ダイヤネットワークに参加して

 

  高度経済成長の真っ只中 福岡、広島の事業所で直属の上司であった巌 さんからの紹介と、その推薦でダイヤネットワークに入会したのは、昨年の5月でありました。

   ダイヤネットワークの入会が 即パソコン通信の始まりでありましたが、その失敗談は枚挙にいとまなく、以下3件をご披露するに止めます。

 

 1.長時間パソコンをいじっていると起こるようであるが、一番最初にマウスポインターが動かなくなったときは、(ハードが壊れたんじゃないか?)真っ青になった。今でこそ笑って済ましているものの、電源を切ったり入れたり悪戦苦闘の1週間が生々しく思い出される。

 

 2.プログラムソフトのバージョンアップは、機能が更新されて便利にはなるが、使い方を間違うとえらいことになる。ニフティのオートパイロットの使い始め「送信箱のメールを送信する」をONにしていた為、同じメールが2ヶ月もたって何通もダブって送信され、お詫びやら訂正やらの大童。

 

 3.DVカメラの画像をパソコンに取り込むべく、DV静止画キャプチャーカードを3万円強で購入したのはよいが、雑誌の付録についているという圧縮ソフトを知らず、未だに画像送信できず切歯扼腕の態。

 

   次いで、ダイヤネットワークの特色を挙げるならば、まずは会員の構成でありましょう。三菱の色彩が残ることはやむを得ませんが、それは系列各社定年退職後の企業を離れた熟年者の、他には類を見ないユニークなパソコン集団であります。

   特色の第2は、発足4年足らずして定着した会議室やライブラリーに投稿の成果であります。会議室には、今の東海道五十三次や、昔の三菱の史跡が辿れますし、花鳥風月自然の詩や観察は豊富で、家庭園芸に生活の年輪が匂います。そして仕事を離れた自由の海外旅行記に、「山が在るから」七十路の山岳紀行は読む者を魅了すること請け合いです。それに写真館がライブラリーに新設され華を添えています。これらの投稿が纏められ、年末に第一回「研究活動報告書」として出版されますことは、ダイヤネットワークの存在を対外的に表現すものとして誠に意義ある事だと考えます。

   第3の特色は、拘束されない自由の1日8時間以上の大部分が、ダイヤネットワークを含むメールの送受信や、FAX,日記、手紙、論文等の記述で埋められていることであります。データをファイル分類し、編集し、整理保管するメリットが如何に大であるかは言うまでもないことであります。

   コミュニケーション電子メディアの普及率は、ラジオ、電話、テレビ、パソコン、インターネットの順序でスピードアップしていると言われ、いまインターネットの商取引は、数兆円に達すると報じられていますが、そのことから推定してもインターネット、パソコン通信を介しての情報や思想の交換は、その質量において計り知れないものがあると考えられます。ダイヤネットワークは、三菱系列企業定年退職者のライフコミュニケーションの場として、今後の発展を確信するものであり、先行き会員の拡大に伴うグループ別、地域別 分化活動を大いに期待するものであります。

 

 

  発言者:山本 明

  題名 :ダイヤネットワークに参加して

 

  私がダイヤネットワークに入会申請したのが、丁度半年前の平成11年3月11日でした。従って、僅か半年間の経験ですので自分にとって良かったこと、悪かったことを纏めて投稿して欲しいと言う事務局の依頼に対して、果たして当を得たものになるか心配ですが、新しい若い(後述)目の見解もあって良いのでないかと勝手に解釈し筆をとることにしました。

 1.良かったこと

 

 1)70歳代、80歳代の高齢者の活躍を目の当たりに見ることができたこと。

  1995年にひとつの試みとしてパソコン初体験の当時平均年齢68歳の高齢者26人が、明生システムサービス株式会社の通信講座「パソコン通信入門コース」に挑戦し、見事全員がパソコン通信技術を習得され、翌年9月には「熟年からの“いきいきパソコン人生”」を出版されていることを知った。その方々は、現在70、80歳代の高齢者なっておられるが、先頭に立ち、その習得したパソコン通信技術を更に研鑚し、活躍されている姿を見て、八十代にして、なお現役で活躍されていたソニー名誉会長井深大さんが、千葉大学名誉教授多湖輝さんの還暦祝いに贈られた電報「五十、六十はハナ垂れ小僧、七十、八十が働き盛り」を思い出しました。非常に良い刺激になっています。

 

 2)私が「若い方」と呼ばれる社会があることを知ったこと。

  ダイヤネットワークの懇親会かDOCOKAI後の懇親会か忘れたが入会したばかりの私を捕まえて「若い方」と声を掛けられたときからかわれているのかと一瞬びっくりすると共に迷いましたが、お顔から判断して私より年配の方がほとんどであり、4年前に還暦を迎えた私もこのグループでは若い方であることを知りました。後日の調査で判ったことであるが、私より若い方は1名、最高は80歳、70歳以上の方が60%です。ダイヤネットワークのような会では、我々60歳代は70代、80代の先輩に負けないように率先して事に当らなければならないと考えるようになり ました。

 

 3)三菱29社の諸先輩との楽しい交流

   ダイヤネット囲碁会の世話人、ネオ・ダイヤネットワーク世話人会事務局の手伝い、シニア・ハッピーライフ研究会、DOCOKAIに参加して三菱29社の諸先輩との交流ができ、有益な楽しい時間を過ごしています。

 

 4)パソコン通信によりコミュニケーションが容易に且つ量が十数倍に増えたこと。

  パソコン通信を今年3月から本格的に開始したが、現在(9月15日)までの192日間に389件受信しています。その内訳は、ダイヤネットワーク(158)、大学専門部の友人(77)、大学教養部の友人(57)、元の会社の友人(5)、マンションの理事長としての業務(64)、子供家族(28)からの受信数です。1日平均2.03件の受信です。以前の手紙、電話、FAXのみでの受信に比べ十数倍に増えているものと考えられ、その分交流の場が拡大したことになります。

 

 2.問題点となっていること。

  退職後は人に喜んで頂けるボランティア活動をやりたいと考えていましたが、現在までのこの会は、パソコン通信技術の研鑚、パソコン通信による趣味を通しての交流に留まっており、社会への貢献活動は、来年からの新しいネオ・ダイヤネットワークで実施することになっている。その準備や今までのダイヤネットワーク活動のまとめに時間が取られ、他人に喜ばれる本格的なボランティア活動ができていないのが私の悩みです。

 

 

  発言者:早川 元廣

  題名 :無題

 

   皆さんと一緒に始めたもののまだ3.1は私ぐらいなもの、恥じをさらすようですが、そして私ほど欲のない人も稀かもしれませんが・・・

   正直なところそして卒直に申してインターネット他にはあまり必要を感じていないというのが現状です。

   然し遠近を問わずにほうりこんでおきさえすれば、瞬時にまた好きな時にお互い返事ができるという、メールや会議室こんな便利な通信手段はありません。

   その点パソコンを教わりほんとうに良かったと感謝しております。拙い感想ですが無言よりましと存じ一言申しあげました。

 

 

  発言者:八木 眞之助

  題名 :ダイヤネットワークに参加して(感想)

 

  私は友人の紹介で三菱関係OBで構成しているパソコンの研究会があることを聞き、平成11年5月にDDDに 新規加入させて頂きました。

  2年程前から急速に普及しているパソコンに興味を持ち、機械を購入して手ほどきを始めましたインターネットをやっている内に、その内容が無限に広いことを知りました次から次えと進化発展するその発展性に驚きを持っております。現代の社会においては、あらゆる情報が自由に世界を駆け巡っておりますそんな中で何とかパソコン技術を習得したいと考えて、皆さんのお仲間に参入した次第です。

  会議室の中での色々な発言それに対する意見や感想等いつも楽しく拝見しております。又会議室では参加することに意義があると思いますので、臆することなく発言やコメントもしております。職を離れてともすれば一人家に篭りがちになるものですが会議室に参加していることで生活の楽しさが出てくるように思います。ダイヤネットワークの皆さんは年齢的に近く年代も近いためか、多くの事柄について共感できる話題が多いようです。そんな訳でとても楽しい集まりであると思います。

  研究会にも毎回参加しておりますが、皆さんが実際にお困りの問題等の解決策を色々話題にして頂き、大いに参考にしております

  唯一つ寂しい事は新参者の私など殆ど知っている人がいない為、顔と名前が分からない。会議室の発言等で名前は良く見ますがすぐ近くにいても全然分からないということは寂しい限りです。何かよい知恵は無いものでしょうか?

  自由気ままな集まりゆえ出席を採るでもなし、古い人達は顔見知りでしょうが新人にとってはすこぶる参加しずらい集会ではないでしょうか。今後新しい人達がどんどん入会してくると思いますが誰でも気楽に楽しく参加できるようになったら素晴らしいと思います。

  最近インターネットのホームページに参加して色んな人のページに意見を書き込んでおりますが、老若男女を問わず意見の交換をしており随分と気も心も若やんできます。当研究会もそろそろホームページ作成の勉強を始めたらどうでしょうか。パソコンの世界が大きく開いてくるものと思います。

  当研究会の益々の発展を祈念して感想文を終わります

 

 

  発言者:三田 昌夫

  題名 :ダイヤネットワークに参加して

 

 1.良かった事

  三菱に入って良かったとつくづく思いました。三菱マンの面構えをした御立派な諸先輩と一堂にお目にかかれ、何よりも自由に分け隔てなく飛び込んで行けたのは、全くしわあせでした。このような素晴らしい集団は、恐らく日本には余りないことと思います。

  山村の国民学校から中学へ、中学を脱皮して高校に進学したときのあの新鮮な開放感に似た自由な感激を味わう事が出来ました。これも一つには、インターネットという新しい世界共通の場がある所為かも知れません。このような集団は、星霜移り人は去る事がありましても今後益々発展していくものと思います。さらに自由には責任が伴う事もつくづく感じております昨今です。

 

 2.悪かった事

  後から飛び入りしました私は、最初に皆様のお名前を覚える事に一寸不便を感じました。会員情報に、写真添付出来る様になれば、これも一挙に解決されることと思いますが、差し当たり若し自分の写真が良く撮れましたら、先ずはこれを自分のホームページに掲載しようかと思っています。

 

  以上ダイヤネットワークに参加して孤独感から開放された喜びにこんなにしあわせで良いのだろうかと思っているくらいですが、唯一つコンピュータ二千年問題のようにコンピュータの世界が自由気まま過ぎて治外法権的に無法地帯となっているような環境が気がかりです。

  最後に、ダイヤネットワークの前途に永久の栄光あらんことを祈り、お世話頂いた皆様に心から感謝の意を表する次第です。

 

 

  発言者:深澤 龍一

  題名 :私の「いきいきパソコン人生」

 

   ダイヤ・ネットワークに入会させて頂いて、私の老後の人生は大きく変ってしまったようだ。何故ってパソコンに触ること自体思っても見なかったし、老後は「読書三昧」を夢見ていたのに、それが、ダイヤ高齢社会研究財団の呼び掛けで機械に触れ、やがてオフ・ラインによるメンバーとの交流が出来、「三菱系」であって「会社が違う」皆さんとの裸のお付き合いで、私は初めて「三菱系企業に在籍した喜び」を今痛烈に感じている。仲間意識、連帯感が大変強いし、それだけに気が置けないのが何ともこたえられない人間関係を作り出している。それに「この年 になってから」パソコンに挑戦しようという方達だから、皆さん極めて積極的・行動的で年に似合わず若々しいのが何よりの魅力である。これまで生きてきた世界も専門も異なるだけに、お話していても面白いし勉強になるし、大勢の遠慮の要らない(皆さんには礼を失しているのでしょうが)素敵な仲間達を得られた事に、今心から感謝し ている。

   「どうしてこんなに親しさを感じるのであろうか?」と自問してみると、日頃から「パソコン通信」を通して色々語り掛けたり、又「プライベート・フォーラム」を通して夫々の皆さんのお得意の話題をご披露頂く事で、夫々の方達のお人柄を知り、又色々の事を教えて頂いたりして「オン」と「オフ」の双方からのお付き合いが、お互いの親密感の醸成に大いに役立っている事は争うべくもない。

   この経験で味を占めた私は、私の住む団地(約250世帯)でも「PCサークル」を立ち上げた。ボツボツと言う事で「口コミ」で会員を増やしていったのに、驚いた事に隣近所の皆さんが芋蔓式に引っ掛かってきて、1年余りの間に12名(内主婦2名、完全リタイヤーの男性5名、現役男性5名・・・内第二の職場2名と皆さん中高年)に膨れ上がってしまった。特に男共は「隣は何をする人ぞ」の生活をしていただけに、定年退職後にご近所の皆さんとの親しいお付き合いが出来た事を大変喜んでおられる様子だ。「育ての親」を自任する私が「名誉会長格」に収まって言いたい放題に振る舞えるのも、これまで「ダイヤ・ネットワーク」の皆様に色々教えて頂いた賜物と心から感謝している。

   年に2回の海外旅行や東海道の宿場巡りもその引き金は「ダイヤ・ネットワーク」だ。

   勿論パソコンをやって良かった事ばかりではない。

   「悪かった事」の第一は、「キー・ボード」や「パソコン仲間」とお付き合いする時間が多すぎて、「活字」とお付き合いする時間と習慣がすっかり消え失せて仕舞った事。

   それから第二には、視力が可成り落ちてしまった事位でしょうか?

   でも人生の充実度に比べれば、これらの事は全く問題にはならない。

 

 

  発言者:羽鳥 行郎

  題名 :パソコンへの期待

 

  昨8月17日パソコン白書を購入し、一読しましたが、我が国のパソコン利用は急速に拡大し、ユ−ザ−層が女性や若者に広がりを見せている由。私が1997年2月にパソコンを習いはじめた動機は21世紀はパソコンの時代で、子ゃ孫との交流にも大切な手段になると思ったからです。白書によると昨年のパソコン本体出荷台数は753万台「1・6兆円」・輸出67万台ですが、米国では世帯普及率が50パ−セント近くに達しており、今後我が国でもパソコンが社会の新しいインフラとなり、企業や学校・家庭や地域社会に浸透していく事は容易に想像できると書いてあります。1998年度の我が国のパソコン購入者の内訳は新規購入42・4パ−セント、買い増し35・4パ−セント、買い替え22・1パ−セントとなっており、自宅でパソコンを使用している人のソフトはワ−プロソフト83・7パ−セント、表計算ソフト60・1パ−セント、通信ソフト38・7パ−セント等で半数はネットワ−クに接続し、インタ−ネットの利用者は20−30才代が中心となっており、利用目的は趣味・娯楽とのこと。なお、白書の巻末に代表的なデジタルスチルカメラ製品の紹介があります。私は1997年11月ダイヤネットワ−クに参加し、毎月DOCOKAIで新しい技術を習得するのを楽しみにしていますが、上記白書の記述から見てパソコンを購入したのは正解だったと思っています。良かった事といえば?@ 時代の流れに遅れず初期の目的である若い人と話が出来る事。現在ベトナムに駐在の息子とメ−ルの交換をしています。?A 努力次第で色々の情報が得られる事。新聞やテレビを見てパソコンのことが報道されても大体理解出来る。?B 色々の会の幹事役としてワ−ドで文書が発信出来る等のメリットがあります。?C 何も予定の無い時、パソコンを操作していると脳が活性化される気がします。間違って操作するとパソコンが起動しなくなるのが恐いからです。悪かった事といえば、コンパックで2回故障し高い修理代を払った事。白書にも書いてありますが、安心してパソコンを使える環境づくりが重要です。そのため安心して利用できるサポ−ト体制の充実及び初心者でも使いやすいパソコンの開発が課題だと思います。

 

 

  発言者:藤本 正夫

  題名 :ダイヤネットワークに参加して     

 

 1.入会の経緯

  本年2月、兄(藤本秀夫)の勧誘と紹介で、私にも社会奉仕が何か出来ないかなと思い、且つパソコンを使ってという点に感銘を受けて、入会をしました。

 

 2.ダイヤネットワークの研究会活動(平成10年度実績および平成11年度活動方針)を聞いて

 

 1)会員が出身会社の垣根を越えて活動し、例えば外国の「高齢者社会参加活動調査」において、入手資料を解析するのに語学の得意分野別に自発的に担当され、さすがオール三菱OBパワーだと感銘を受けました。更に各人の 努力に敬服しました。

 

 2)パソコンを活用しようとする会員の意欲は抜群で年齢を感じさせないチャレンジ精神を教えられ、向上心が湧いて来ました。

 

 3.DOCOKAIに参加して

 

 1)ベテランがビギナーに教える姿(進取的な村瀬敏哉様、地道なおっとりした権藤 卓也様)や献身的なSYS OP(藤倉 雄様)を得て、失敗例を教材に親切、丁寧な指導を受けることが出来て非常に得難い恩恵を感じました。

 

 2)私がダイヤのプライベートフォーラム(DDD会議室)の「社会参加コーナー」」に「運転ボランティヤ(1)」を投稿したら会員(大前 安人様)から励ましのコメントを戴き、「井戸端会議室」へ「南九州旅行記」を投稿したら、すぐ会員(樋口 三男様)から追補・思い出のコメントを付けて下さり、先輩達との交流の輪が広がるのを実感致しました。

 

 3)「第1回三菱歴史探訪会」や「相続・遺言勉強会」にも参加しましたが、今後も継続的に行って下さい。

 

 4.まとめ  

 

 1)私の気持ちの持ち方が、先輩達に刺激を受けて、「より意欲的」に変化しました。

 2) 財団への出資会社に対するPRが財団からどの様になされ、どのような反応があるのかをもう少し知りたいものです。

 3)事業活動の内容にもよりますが、会員をふやすには、「NIFTY会員であることの制約条件」ははずせませんか?(将来に)

 4)「ライブラリの写真館」と「その説明文」が同時に読める工夫として、ホームページ的編集ができませんか?(将来に)

 

 

  発言者:松本 喜一

  題名 :良かったこと・悪かったこと

 

  私がパソコンをはじめたのは、確か95年頃だったような記憶である。初めて触る器械を目の前にして異様な緊張をしたことが今でも思い出される。触るのが恐いような、されど触りたいような複雑な心境であった。

  コードのつなぎ方、スイッチの入れ方から勉強した頃が妙に懐かしく思い出される。

  4ヶ月のパソコン講習会を終わり、いざ自宅に据え付けると、分らないことばかり、おまけに操作の不手際から、パソコンが動かなくなり、財団藤倉さん、隣駅の村瀬さんに2度も来て頂き指導を仰いだものである。

  当初は、財団の会議室を週1度借りきり実務研修をしたものであった。その後、財団の藤倉さん、村瀬さんの協力により、NIFTYのセミナー教室を毎月一回借りられるようになり、これがDOCOKAIの名目で今まで続いているパソコン勉強会である。

  この教室には、毎月欠かさず通っている。パソコンの技術向上は勿論苦労したあとの軽い打ち上げで、新しく友人が出来、登山にご一緒したり、庭の草木の交換をしたり結構交際の輪が広がり更に交流が広がり楽しい生活を過ごしている。

  また、さらに「為になる本」の紹介があったり、この年になると、健康問題が重大な関心事で具体的に病院の情報交換などをしている。

  又、親戚、友人に対する連絡はEメ−ルで早く安く簡単に出来ること。

  井戸端会議のデータライブラリの編集を担当させて頂いているが、パソコンに向き合う時間が大幅に増えて、又新しい発見をした、今更なにおとおしゃる方もおられるが、私にとっては大発見である。

 ?@数字の全角を半角にしたい時 

   今までは画面右下の「MS−IME」アイコンをマウスでいちいち変換していたが変換を押すことで可能。

 ?A 括弧の区分

   「 」(全角)[ ](半角英数) (半角カタカナ) ](半角英数)

 ?B文章作成中、英文を打ちたい時左の英数をおすと、英文になりEnterで元の「全角ひらがな」に戻るマニアルには当然記載が有ると思うが、一度覚えたらその方法しかないと理解して他の方法は,考えにくいものである。

 

  やはり、何度も何度もパソコンを頻繁に触ることが必要と痛感した。

  99年7月スタートした、DAAは自主グループ活動、地域別グループ活動を積極的に支援するようでこの成果に大いに期待するものである。同年代のグループ企業のOBの集まりの場を作ってくれた財団に深く感謝したい。

 

 悪かったこと

  良いことづくめで特にないが、強いて言えば漢字を覚えないことである。

   今までの手書きだと字引を引き書く、この作業がローマ字を変換することにより簡単に漢字がでるので、いざ書くとなるとなかなか字が書けない。

   電話の奪い合いは、ISDNの設備をすると解消するが、家族と電話の奪い合いになることは、何度も衝突する訳ではないので当分このままとする。

 

 

  発言者:浅野 泰資

  題名 :定年からのパソコン

 

  定年が迫った頃、研究所の事務所に、はじめてのパソコン NEC PC8001が設置されました。昼休みにパソコンを使い、インベーターゲームで遊び、インベーターが素早く退治できると点数が上がっていくのが楽しみでした。その頃、富士通と NEC が競ってそれぞれ FM8と PC8801の8ビットパソコンを売り出し、私はどちらも大いに魅力を感じ迷った末、後者の発売を待って購入しました。早速 BASIC 言語で Programming を学び、「break」等のgameを楽しみ、且つワープロ soft「春望」を使い、日記を付けはじめました。

  再就職した三菱商事では IBM のパソコンを並べ、社員教育の真っ最中。女子社員が駆り出されたが、男子社員の方の参加が少ないので balanceとり参加した。ワープロ・表計算・R-BASE の講習を興味深く聴講する。女子社員はオアシス(富士通ワープロ)に慣れているのでなかなか IBM 機に触れようとしない。私は社内パソコンを仕事に応用し、報告書の作成に、そして委託研究 data(無数のホストとゲスト組み合わせの結晶分離研究)の整理に役立て、委託先の大学の先生にも検索一覧表を提供した。

  その後非常勤の会社に移り、時間に余裕が出来たので、横浜の希望ヶ丘にある、雇用促進事業団神奈川ポリテクセンターの情報教室に通った。パソコンのApplicationと言語のProgrammingを習う。BASIC・コボル・フォートラン・C・アセンブラの各言語を覚え、情報処理技術者試験講座を受け、国家試験にも挑戦した。ここでは情報以外に CADNC 自動制御・シーケンサー制御・電子装置組み立て実習も受ける。最後は臨時講師も頼まれ、パソコン入門、ワープロ・表計算・d-BASEを教えた。中高年パソコン入門では何回でも繰り返し質問して良いと云ったら、女性たち(不思議と中高年に非ず)に好評で、最終日には女性グループから最敬礼と感謝のしるしを受け、教えることの醍醐味を味わった。

  パソコンが8ビットから16ビットに替わり、PC 9801の時代が来た、法人以外の個人に評判のEPSON PC286 Vを購入した。C言語が流行り、その Programmingに凝り、方眼紙上のお絵かきgame(イラスト・ロジック)のprogram作りにも格闘した。

  WINDOWS の時代に入り、パソコンの買い換えを考慮していたとき、DEC社の最高級(定価75万円)パソコン DECpcXLが15万円と聞き、早朝から並んで購入した。この製品はWINDOWS .1時代のもので、市場は既に WIN95に替わりつつあり、DEC製品の部品メーカーが倒産・合併に追い込まれ、WIN95へ更新の部品を供給出来ず、製品は超格安と化した。

  幸いパソコンのベテランの協力を得て、WIN95が使えるように部品を探し改良した。さらにmatherboardを取り替え、WIN98にも更新出来た。16ビットパソコンから32ビットへの大変換がパソコン装置の改造を難しくしてしまったのである。

  ポリテックセンターで C言語を習った際、UNIXの手ほどきを受けた。UNIX C言語のprogramでつくられていると聞き、ずっと好感を抱いていた。昨今、UNIXの一派である Linuxが大層の脚光を浴びてきた。それは Linux OS internetから downloadできる、または雑誌の付録 CD-ROMから簡単に installできる上、必要な装置は低メモリ、安価 CPU(i386以上)が使え、手持ちの古いパソコンを recycleして Linuxパソコンとして生まれ変わることができる。但し、設定や使用に際して Linuxをよく理解し、多少の試行錯誤を覚悟せねばなるまい。その代わり、MS社の Windowsのようにバグのため、userは更新を強いられ、高額のver.up代金を取られるが、Linuxではその必要がない。Windows Programで作られているが一切発表されず、個人の修正・改良が許されない。ますます独占化を強めてMS社は莫大な利益を得た。UNIXは全て、アマチュアが育て、OSに作り上げたもので programが公表されているから、誰でも参画して修正できる。無数のアマチアのお蔭で softのバグは極めて少ない。

  ネットや LANのサーバーの OSのなかで安定性などで UNIXの評価が最も高い。欧米では UNIXの活用は盛んであるが、これまで日本語化が遅れていた。漸く各種の日本語版 Linuxが国内市場に登場してきた。

  Linuxには Windowsにある代表的 Applicationは揃っており、ワープロ・お絵かき・表計算・Databasee-mailinternet通信などができる。先ほどのベテランの指導を受けてUNIX installが終わり、設定が済み、ワープロやゲームは使用可能だが、通信の設定に現在手間取っている状況である。

  DDDでどなたか Linuxをやってみませんか、指導は出来ませんが、資料・情報の提供・交換で交流を深めたいと思います。私のLinuxが通信もでき完成したら、詳しく報告したいと考えていましたが、原稿の期限があり、現在までの状況を取り急ぎ投稿いたしまし た。

  将来の DDDでは各自がパソコンを安価に組み立て、internetから最新の Linux softdownloadし、パソコン通信出来るよう Linuxの勉強会・講習会を開けないかと願って、筆を止めたいと思います。

 

 

  発言者:大前 安人

  題名 :よかつたこと・わるかつたこと

 

  私どもは、会社の同期会会合で、パソコン習得の話がで、その希望者8名に他の希望者4名が加わり12名で、勉強会をスタート、ほぼ、終了の時点で、ダイヤネツトへの参加、のおすすめがあり、この会に参加することとなつた。

  今はまさに情報化社会、インターネツトの普及により世の中は、更に大きな変化がもたらされる。この年齢で、時代の流れに遅れず対応出来また、色々な方々との交流もできるということは、大変有り難い事と、考えている。

  最初こそ、ハードの故障、ちょっとした操作ミス等で、苦労もあつたが、現在なんとか、メールのやりとり、会議室への参加、ホームページの閲覧等なんとか、こなしているのは、この会に参加したおかげと、感謝している。

  この会の勉強会では、幸いにも,月1回は、メンバーのベテランの指導により、判らないところ、新しい情報 の知識を得る機会があり、また、会議室を開くと登山園芸野鳥旅行、そのみちのオーソリティにより、色々学ぶところ多く更にはシルバーの特典等の情報も判るしこれからの生きがいには、大変参考になっている。

  更にこの会には、運営委員会があり、その中に3つの研究会(調査、シニヤ・ハツピー・ライフ、お楽しみ編集室)が、あり、その成果を上記会議室に発表している。この詳細については省略するが、これにより、そのメールにコメントをつけて、ゆく事等により、興味は、さらにふえる。

  更に日本における他のネツトワーク,あるいは、三鷹市のSOHOの存在等も知る事が出来、人にも知らせるとともに、今後はメリツトが見出せれば、お互いに協力を考えてはとも,おもつている。

  この会には、ホームページものせておられる方も多く、ご自分のお仕事のため、あるいは海外での記録、写真を、更には、趣味としての能面など、いろいろ我々を楽しませて戴いている。

  さらに大きなメリツトとしては、素晴らしい人たちとの交流の輪が広がった事をあげておく。

  これまでが、私としては、良かつたのではないかと思つています。

 

 

  発言者:藤本 秀夫

  題名 :PC雑感

 

   平成7年秋、ダイヤ財団の「情報ネットワークによる企業退職者コミュニティ形成・運営モデル事業」のパソコン教育に参加することで、パソコンに初めて触れる機会を得ました。未知の世界へのチャレンジに勇を鼓して加わったことで、有益に感じたことや、疑問を感じたことがありました。思い出しながら次に述べさせて頂きます。

   当時、財団のリサーチモニターから参加した会員は、確か28名だったと思いますが、皆さんお年齢にも拘わらず少しでも早くマスターしようと努力しておられる姿には感銘を受けるとともに自らの取り組みにも励みになりました。

   我々の企業退職時には、やっと企業にワープロが導入された位の時期で一部技術関係ではパソコンが利用されていても、事務や営業では殆ど利用されておらず多くの会員がキーに初めて触ったという時期でした。

   その後巷間ではゲーム用ファミコンが急成長し、子どもや中ども達が熱中しましたが、多くの高齢者は無縁でした。

   通信教育も終わり、パソコン通信ができるようになる迄、早稲田電子学院はじめ明生システムサービスやダイヤ財団の担当の方々には、大変お世話になりお力添え下さったこと深く感謝しております。

   人と人との意志伝達は、言葉−郵便-電報−電話−ファックス−留守録−携帯電話−パソコン通信と早く正確にと利便性も増し急速に発達してきたものと考えます。

 いずれも自分と相手がいなくては成り立ちません。

   電話までは、普及率も90%以上で問題はありませんが、それ以降はまだ普及率も低くその利用は一部の人に限られていると思われます。

   パソコン通信も相手が利用して居なければ役にたたず、相手の顔も姿も性格もわからなければ、完全な意志の疎通は難しいと思います。

   その点、ダイヤネットの場合は、限られた人達の間で、全員三菱の企業退職者という安心感もあり、更に財団のお骨折りで、年数回の交流会でお顔もあわせる機会もあり、特にニフテイのプライベートフォーラムのDDDにつ いては、腹を割って忌憚のない意見の交換が出来大変よかったと思います。また今後も続けてやって行きたいと思っております。

   しかし、個人的には、パソコンの無い年金生活のリズムができていた所に、パソコンの時間をどう位置ずけるか戸惑いがあり、中々充分な時間が取れないのが実状です。

   「僕読む人」になりがちで、申し訳なく思っております。

   パソコンを扱うようになって、指先や脳の老化を防ぎ、新しいことにチャレンジし、うまくいった時の喜びや、諸先輩の蘊蓄のあるお話にも接することが出来自己啓発にも大変よかったと思う反面、長時間モニター画面を見ることの目に与える影響(事実長時間やった後は新聞など細かい文字が読みにくい。)特に老化が進行中の高齢者にとって注意することがあるのではないかと思っています。

   その他長い時間扱っていると、マウスを持つ手もキーボードを打つ手もだるくなり、腕が上がり辛くなることがあります。

   また、椅子に同じ姿勢で座り続けることの腰への影響はどうでしょうか。あまりよい解決法も耳にしませんが、私は自分なりに二時間以上続けてやらないようにしています。

   皆さんのDDDの会議室へのアップロードの時刻を見てみますと、早朝型、深夜型、それに空いた時間を上手に利用した午前午後型が見られます。

   古い型のコンパックプレサリオでメモリーを8mbから40mbに増やしたり圧縮ソフトをインストールなどしましたが、モデムもそのままで古く写真などのダウンロードにも時間がかかり、保存にデスクのメモリーも要する点などが今後解決すべき課題がある等を気にしながら、パソコンと付き合っている毎日です。

 

 

  発言者:濱田 賢一

  題名 :私とパソコンとダイヤネットワーク

 

  私がコンピューターと係りを持ったのは、昭和36年、ご存知の方も多いと思いますが、IBMの中型電子計算機「1401」が発表される直前の頃のことです。当時は、配線盤に wiring したもの(現在のソフトに当る)を何面も駆使して機械操作をしたもので、その wiring や機械操作の講習を日本IBM社が行い、私も百数十時間も受 講しました。勿論、未だ国産機はなく政府が漸く国内電機メーカーに奨励保護政策を打ち出した頃で、その後半導体の進歩により、建物の一フロアを占有した機械群が、机の上に載る程驚異的にコンパクトになりました。

  平成7年暮、Windows 95 のコンピューターを見て驚嘆しました。35年間の素材・技術の改良進歩の集積です。ソフトが CD-ROM と言うメディアで簡単に出し入れ出来、操作はマウスでと、今浦島の心境でした。35年前のコマンドベースの勉強は何だったのだろうかとショックでした。しかも価格が、三桁位廉価になっているのです。

  斯くて、ノスタルジアもあり、直ちにパソコンを購入、自習していましたがその後、平成9年大前さん紹介による同期の皆さんとの明生システムと早稲田電子専門校による通信教育を修了、ダイヤネットワークに、次いでDOCOKAIにも一緒に参加し、現在に至る訳ですが、その間、異業種交流と言いますか、三菱各社からの優秀な卒業生が沢山おいでになり、多識見、多趣味、将に多彩な顔ぶれで、大変刺激になり亦勉強になり、有難く感謝しているこの3年間であります。無論パソコンを tool として駆使する効用は連絡用のメール他に充分効果を挙げ、毎 月のDOCOKAIで向上に練磨しており、次のstep であるネオ・ダイヤネットにおいて更に有用性を発揮すべく展開企画しているところであります。そしてその交流の潤滑剤は、何と言ってもオフ会にあると私は確信しております。初めてお会いしたのに、帰りにはもう10年の知己の如くなり、次回にはお互いに忌憚腹蔵なく、質問議 論出来る程になっています。

  技術の進歩の早いパソコンのライフサイクルは、3ヶ月と言われています。そこで、最近、仕様:Pentium V 450MHz,メモリ 128MB, HDD 13GB,17CRTのマシンを買換えました。成る程、パワーアップして、より早く、より簡単に亦廉価になっています。これを今後は使いこなして、DDDに貢献出来る様更に努力したいと考えております。

 

 

  発言者: 森口 勝

  題名 :「ダイヤネットワーク」に加入しての感想

 

  羽鳥さんの発心がきっかけとなって、大前さんの肝いりでスタートした、明生システムサービス社の「熟年から始めるパソコン通信」を受講した者は12名だったが、その終了式が971118日に開催された時に、大前さんから「ダイヤネットワーク」の会員になるようにと、加入要領のレジュメが渡されたので入会した。また巌さんからお誘いがあって、ダイヤ高齢社会研究財団のモニターであり、明生システムサービス社のパソコン通信受講第1期生でもある方々に合流して、「パソコン自主研修会」に参加できるようになった。自主研修会では先発された皆さんの活発な活動ぶりに感心し、ついて行けるかなと一抹の不安さえ感じたものである。

   しかしながら自主研修会等では、村瀬さん始めパソコン練達の皆さんから懇切なご指導をいただき、何とかパソコン通信に親しめるようになったのは、「ダイヤネットワーク」に参加できたお陰である。DDDの「自主研修会」の発展的解散に伴い、988月からは「DOCOKAI」がスタートして、パソコン関係の実践的な講習を継続して受けられていることを大変心強く思っている。

  特に、通常では考えられないような、三菱グループの会社に勤務した方々と情報の交換や、オフラインでの親交が持てるようになったことは、OBとなっても幅広く三菱グループの方々との絆を維持できるということであり、サラリーマン生活をした者にとっては大きな生きがいに繋がるものだと思う。

   三菱化成(現三菱化学)に入社して以来46年間、後半の24年間は関西熱化学で勤務してサラリーマン生活の幕引きとなったが、郷里の香川県からも遠く離れた鎌倉市を終の住み処と決めた時には、寂しい老後になりはしないかと心配であった。しかしながらダイヤネットワークに加入することができて、パソコン通信にも大分慣れ、情報ネット時代の恩恵をを多少なりとも味わい、及ばずながら「企業退職高齢者の生きがい作り」の一員になれたことを、大変幸せなことだと思っている。

   今後とも「ダイヤネットワーク」が充実発展して行くことを祈念するとともに、2000年度からの通信ネットの運営要領がどのようになるのか、何か名案はないものかと些か気がかりになっている。

 

 

  発言者:中山 典昭

  題名 :PC習得の功罪に就いて

 

  半世紀に亘る会社生活を終え、日々の時間消化の一助として川崎市の生涯学習主催の市民アカデミーを受講する事にして居った矢先、同期入社の羽鳥さんからPCの勉強をしたいが同期会幹事としてアイデアを出す様要請があり、この方面の仕事に関係していた大前さんのご努力で勉強を始めた経緯は都度ご報告の通り、約3年経過しその功罪を箇条書きに整理して見ました。

 

 良かった事

 

 1. 新しい友人の輪が広がった

  化学及び仕事を通じての友、知人に限られていた交友関係がグループ内とは言え付き合う幅が大きく広がった

 

 2. 話題が常に未来に前向き

  会社や仕事上の友人との話題は過去の想い出、反省、批判が主体となり勝ちであるがPCでの付き合いの話題は前向きで常に未来に向かっている。しかも明るく、希望に燃えている(人より早く詳しいPC技術の習得を)

 

 3. 書物を精読する様になった

  マニュアルは精読せねば解らないと言う事が分かり、一般書物も多少精読する様になった

 

 4. 原点に帰れ

  解らない、行き詰まった時には原点に立ち戻り冷静に考え直す重要性を再認識

 

 5. 先ず挑戦

  事務系で育ってきた為、頭から機械に弱いと決めて懸かって居たが、挑戦して見れば多少の失敗もあるが何とか打開出来る

 

 6. 失敗から学べ

  昔から良く言われている言葉だが改めて痛感

 

 7. Eメールの活用

  情報不足気味となる在宅生活者には情報収集の一つの大きな手段、積極的に活用すべき(電話と違って呼び出し音等で相手に迷惑を掛けない)

 

 悪かった点

 

 1. 目の疲労が大きい

  年齢と共に襲ってくる目の老化が加速される、最近に視力減退が激しい(年か)

 

 2. 心身の不安定

  自己のPC技術未熟、同期の皆さんの機械故障等のニュースにより常に機械に対する不信感が介在し、操作上つまらぬミスも故障と思いイライラする。

 

 

  発言者:五島 暉吉

  題名 :ダイヤネットワークに参加して

 

  私がダイヤネットワーク(DDD)に参加したのは平成9年4月発足当初からでした。その1年前からダイヤ財団でニフテイ社のCUG(特定会員サービス)による契約をしてくれて多数の人がそこで電子メールを主として、掲示板、会議室等も使ってその習熟に努めておりました。

  なかでも電子掲示板で会員各位に出身会社のOB会の活動状況を教えてくださいとお願いをし、数社の会員から返事を頂き、各社OB会共通して「歩こう会」が盛んなことが判り、それが私の平成9年1月ニコンOB会会報の「歴史散歩の会」の呼びかけを産み、ニコンOB会「歩こう会」今日の盛況につながると言った大きな喜びを持つと言う思い出がありました。

  その後、ネットワークに参加してからインターネットを見ることが出来るようになって、有償譲渡を受けたコンパック社のプレサリオCDS520は8メガで能力不十分なことを痛感、下関の娘にメールで相談した。

  娘が丁度折良くパソコン新しいのに買え換えるので、今使っている同じコンパック社のデスクプロXE466(ハードの機械目盛等大幅に変えてあり、モニターも三菱の17インチのものに変えた)をあげる。24メガだけど後でまたメガはupできるからと言って平成9年7月私のところにとどけてくれました。

  今度はモデムもマイクロコムV.34ES11−W28.800bps大変速くなり使いやすくなりました。

  その年の暮れ頃私のパソコンはWindows3.1から95へバージョンアップしました。今ではバージョン5.0で、モデムはDFML−560 33.6kbpsです。随分と使い易くなりました。

   今では電子メールやDDD会議室は殆ど毎日明けて見るようになりました。インターネットはインターネットエクスプローラを使い、「お気に入り」にYahoo JAPAN、MapFan Web、(株)Nikon.や是 松三雄氏、東亜大学のホームページ等を良く見ております。また、Photo Expressのアイコンをあけ子供達から送信された旅行の写真を屡々見ております。この他良く使うアイコンには駅すぱあと、ファミリー囲碁、The囲碁、メモ帳、あまり使わないが一太郎7があります。「The囲碁」使って判ったことですが、最近のソフトは32メガ対応で出来ていることで、近々8メガupをすることにしました。

  このようなことで、まだ勉強中のことが多いのですが、DDDで私が参加しているシニア・ハッピーライフ研究 会、DOCOKAIみたいに楽しい勉強があり、それとともに交遊が広がってネットワーク囲碁会にも参加時には会員と酒を酌み交わしながら団欒して益々親交を深めております。

  今は此のパソコンのお陰で私が活字時代人から電気メデア時代に生きることが出来る人間になれたと言う喜びに浸っております。

  私がパソコンで注意することは、目が疲れるほど長時間パソコンの囲碁をしないことです。一回40分かかるので2回やると疲れます。これが限度ですね。

  今では此のパソコンは旅行、囲碁、読書、に継ぐ趣味になってまいりました。

 

 

  発言者:樋口 三男

  題名 :ダィヤネットに加入してどう変わったか

 

  ダィヤネットワ-に参加して、あっという間に6年がすぎてしまった。頭初、機械的なものに、全く音痴であった私が、果たして、三菱OB25人のつわものの方々について行けるのか自信はなかった。通信教育に取り組み、SYSOPEの熱心な指導とそれをホロ-する操作技術、DOCOKAIなどの講習、勉強会を通し、どうやら会議室への発言、コメント又 は相互の-の交換などを、まがりなりにも、初歩的第一ステップの階段に登りえた。併し、今後のパソコンの技術、関 連分野の発展は、更に、進むのでそれらを消化するだけでも大変だと思う。

   このダイヤネットの仲間は、縦社会の会社人間、シャイな三菱マンのせいか、頭初は、旧会社OB同志の集まりが濃かった が、何時のまにか、段々とその垣根もとりはらわれ、又相互の間に介在する人を通した人間関係もあり、「線友」とでも言われる知己の間柄となり、貴重な輪がひろがった。

   旅にでても、写真をとり、それて゛済ませていたが「旅の想い出」として掲載、或いは自己の信条、歴史観、趣味などに関する発言、コメントによる双方向の通信は、ともすれば、独りよがりになる嫌いのある熟年時の欠点がカバ-された。

   偶々、孫が結婚して、京都に住みだしたので、-の通信をした所、速やかな連絡がとれ、現在、この未熟な私が先生となって、孫の母親や家内にその仕方を教えるまでになった。

  只、残念な事は、白内障がでて、右眼は手術したが、左がのこっており、何れするつもりだが、その間、文字転換のミス、句読点の間違いなどで、パソコンの仲間の方に多大なお迷惑をかけるのではなぃかと危惧している所です。

 

 

  発言者:助 川  泉

  題名 :ダイヤネットと高齢化社会

 

  ダイヤネットに参加する気になったのは、今後の高齢化社会において、相互的に主張や意見のみならず音声、映像、データ等あらゆるデジタル情報を経済的に交流、交換出来る手段としてパソコン通信、インターネットは極めて好都合であるためです。

  現在、ダイヤネットワークはNIFTYにプライベートフォーラムのダイヤネットワークというコーナーを持っている訳ですが、こんご@NIFTYになると更に発展しPOWER NIFTYとしてお目見えするようです。現在のNIFTYは電子メールのIDとプロバイダーとしての両方の機能を備えていますが、富士通のInfowebと統合されて @NIFTYになると更に機能が拡充し、Nifty Power Officeとなり、またほかのプロバイダーからも自由にアクセス出来るようになるようです。

  いままで、AOL(American On Line),MSN(Microsoft Network), IBM, NIFTYは何れも専用の接続ソフトを持っていましたが、AOLとMSNは現在でも一般のソフトからは入れませんが、IBMは何処からでも入れ、又NIFTYもNIFTY MANAGERでも、ブラウザーでも入れるようになりました。すなわち、今後、専用接続ソフトは非常にコスト高になるために、IE, Netscape、汎用メールソフトに段々移行する傾向にあるようです。IBMATT Globalに事業を売却し現在はATTにより運営されています。

  インターネットは現在はプロバイダーに電話線を経由して接続するわけですが電話代とプロバイダーの接続料を取られその負担もISDN接続でさえ月当り1万円以上になることもあり、相当な負担を強いられる。しかし今後は常時接続の定額制高速インターネット接続が数年内に実現する事が予想されます。

  アプローチとして色々な方法が考えられるが、NTTが東京、大阪でISDN利用で月当たり8000円で試験提供、東京めたりっくがKDDと共同でADSL(非対称デジタル加入者線)で月当り5500円、東急ケーブルテレビや、J-COM 等のCATV利用によるインターネットは月当たり5000円前後、東電、ソフトバンク、マイクロソフト等の無線によるもの,衛星放送を使うもので現在ではCSを使いMegawaveを用い3980円であるが一方向のみで、返信は通常のプロバイダーを使う事になるため、割高となるようです。

  最近、J-COMの常時接続で通信速度はISDNの数十倍(公称8Mbps)もあるJ-COMNETに加入したので、今後のご参考のためにご報告したい。

  接続は極めて簡単でケーブルモデム(米国製TERAYONJ-COMよりレンタルで接続料に入っている)にパソコンにインサーネット用のボード又はカートを取り付けるだけでよく(パソコンによっては取り付け済みのもある)、仮IDさえもらえば簡単にインターネット、メールが出来ます。

  まず、これらの常時接続からメールを受け取れるプロバイダーはJ-COMの他、サーバーDNSを公開しているところであれば、メールが受信可能で、会社のようにサーバーにファイヤ・ウォールのあるところやMSNは受け取れません。NIFTY等、殆どのプロバイダーからはJ-COMのサーバー経由で、Microsoft OUTLOOKEUDORAを使って見ることができます。

  以上の事を考えると、Internet Explorer Netscape及びそのメールソフトを使い、(プロバイダ゛ーの専用ソフトを使用することなく)常時・高速接続で、現在は幾ら安くても月当たり5000円(電話代が必要な場合は込み)前後かかりますが、近い将来は米国並の3000円位になれば殆どの分野で実用化されるでしょう。

  今後、ダイヤネットワークは更に発展させるために、少子高齢化社会の重要な担い手となるシステムを構築することが、重要な課題と思われます。

 

 

  発言者:是松 三雄

  題名 :ダイヤネットに参加して良かったこと、

      悪かったこと

 

 (1.)良かったこと

 

 A.)三菱グループと言うだけで、安心して教えて頂いたり、教えたりで、niftyのセミナールームでは、楽しい時間を過ごすことが出来ました。

  この教室では、やや独走的ながら、村瀬さんの熱心な授業に、引っ張られました。藤倉さんの上手な教え方と、豊富なパソコンの知識に驚きました。

  皆さんがそれぞれのホームページを開き近況を連絡・報告を交換出来るようになれば理想的ですが、まだ其処に至らぬ状況です。村瀬さんが病に倒れられ残念です。更に藤倉さんが退かれても先が見える様に、藤倉さんご自身を始めとする、一部の方々が努力されていることに敬意を表します。

  私が、時間的余裕が少なかったり、たまたま日時が繰り合わせできず欠席が多いことお詫び申し上げます。また、村瀬さんの健康の回復と教室への復帰を祈っております。

 

 B.)見学会は、岩崎邸の見学しか参加出来ませんでしたが、大変楽しい機会を与えて頂きました。「岩崎邸訪ね藪蚊に血を吸はる」等々の駄洒落句も出来ました。私が、財閥に血を吸われた訳ではありません。先輩達の苦労が偲 ばれました。

  建物は他人の意表を突くような突飛な物ながら、華美とは呼べない、実用を旨とした建物なのに安心しました。

 

 (2.)悪かったこと

 

 A.)会員がniftyに限定されているのは、確かに会員増加の障害になっています。マテリアル社の後輩などに、少数派ながら、Eメールを使う人も出てきました。しかし、nifty以外のaolやplalaなどを使う人が増えているようです。

 

 B.)Eメールとネットワーク上の情報交換では矢張り魅力が少ないので、東海道53次なども、写真や解説の入った ホームペ−ジで紹介するまでにして欲しかったです。

 

 (3.)序でながら

  私がボランティアをしている、保土ヶ谷国際交流の会のホームページを無料奉仕で改良しました。まだまだ、改良の途中ですが、一度覗いて見て下さい。

 http://www3.tky.3web.ne.jp/~hiec

 がアドレスです。

 

 

  発言者:櫻内  義彦

  題名 :無題

 

   ダイヤ高齢社会研究財団の中でダイヤネットワ−クの言葉を耳にするようになったのは,平成8年4月頃のことだと思います。ダイヤネットワ−クの名簿が出来,当時の寺尾太助さんとのメ−ルの往復の記録も残されて居ります。全く無我夢中でパソコンに取り組んで居りました。その一例として平成8年6月3日の財団のダイヤ・ネットワ−ク事務局から「NIFTY−Serve通信費の件」として請求の文書が参り,4月分29,375円5月分6,221円計35,596円を利用料として,6月28日に狛江駅前郵便局から財団宛てに払い込み,送金した記録が残されて居ります。懐かしい気持ちでそれを今眺めて居ります。

   また,明生システムサ−ビス(株)早稲田電子専門学校の方々には非常にお世話になりました。特に,早稲田電子専門学校の方々への「FAX送信票」とその回答用紙の記録は,私の一生の転機の時代の産物として大切に保存して居ります。

   財団の「高齢社会のリサ−チモニタ−の手引き」の中に,「高齢社会リサ−チモニタ−制度の目的」として次のように書かれてあります。

   高齢社会を迎え,住み慣れた地域で安心して暮らせる長寿社会を構築するために,健康経済及び生きがいに関する諸問題について,三菱グル−プの社員とOBから居住地域の実態報告及び意見、要望を出していただき,財団の調査研究やフィ−ルド実践活動に役立てることを目的としています。

   またモニタ−制度をとおして多くの方々に高齢社会の諸問題に対する認識と理解を深めていただき,それぞれの地域で活躍していただくことを期待しています。

   最後に,居住地域では狛江市社会福祉協議会に加入し,笑顔サ−ビスの会員となり,平成7年9月にはあいとぴあカレッジ基礎課程、ホ−ムヘルパ−3級の修了証をいただき(ホ−ムヘルパ−2級は年齢制限が出来て受講出来ない)それぞれ縦の会、横の会もあり,人の輪の拡大に努めています。平成7年5月には岩戸地域福祉推進委員会 の協力委員となり,平成9年5月には同推進委員会の推進委員として活躍して居ります。平成11年5月には狛江市市民部市民生活課の実行委員として目下勉強して居ります。

   振り返ってみると,良かったことばかりが頭の中を走馬灯のように過ぎっていきます。

 

 

  発言者:太田 中

  題名 :ダイヤネットワ−クに参加して

 

 ◎「三日、三月、三年」

  仕事や稽古事の初心者に訪れる危機を言い表している諺でしょうが、私のパソコン修行にもピタリ当てはまります。

  本人は全くその気が無いのに、家族の強い勧めで財団のパソコン1期生に応募しました。

  その咎めは早くも1月目に現れたのです。機械は全く言うことを聞いてくれないし、その頃偶々受診した人間ドックで変な結果が出たのと合わせて、暫くの休学を申し出ました。

  1月後、ドックの再検査をクリア−したところで、漸く気を取り直し復学して、曲がりなりにも再び動きだしました。

  丸3月後にオンライン課程に入った所で、回線接続が全く不能だったのです。或る人は「アクセスポイントが混んでいるのだから、朝早く起きてやりなさい」また別の人は「夜中に起きて繋げなさい」等と色々アドバイスがありました。

  しかし、分ってみれば理由は簡単、ダイヤル式をプッシュ式と間違えた設定ミスで、思いもかけず2週間のロスとなってなってしまいました。

  そんなこんなで、皆さんより1月遅れでやっと卒業になりました。

  3年後の危機はこんな風です。講習開始時から使用している”COMPAQ31”にさんざん苦労の挙句、”95 ”をインスト−ルしましたが、満足に作動したのは半年間ばかりでした。このパソコンが突然脳卒中を起こし、リハビリの甲斐も無く、半身不随のまま、私は毎日がいらいらのしっ放しでした。

  思い切って、富士通”98”に買い換えましたら、今はインタ−ネット初め諸機能が滑るように動いています。この時程「人間、時によっては思い切りが大事」を痛感したことはありませんでした。

 

 ◎三つの贈り物

 1.純粋な友人

  半世紀前の青少年時代に戻ったように、損得勘定の無い純粋な友人を数十名、ダイヤネットで得ることが出来ました。思いもよらず、高年齢になってから得た最大のご褒美と思っております。

 

 2.広範な知識、経験

  皆さんのお蔭で、園芸、野鳥、昆虫等生涯縁が無いと思って世界を覗かせて貰っており、世の中実に多種多様な知識、経験を持っている方がおるものと感心しています。その換り、旅行、山行等では私も多少の貢献はしているかなと、密かにほくそえんでおります。

 

 3.長寿の妙薬

  超高齢の画家でも毎日必ず絵筆を執り、時間を忘れて無心に画き続けることが、長命に繋がるのだそうです。私も毎日パソコンを開いて、新しい刺激を受け続けることが、何かいいことになりそうな気がするのですが。

 

 

  発言者:川瀬 清彦

  題名 :ダイヤネットワークに参加して

           (良かったこと・悪かったこと)

 

   ダイヤネットワークのメンバーに入れさせていただいてからは、まだ精々1年半です。それは、どちらかといえば短い間でしたが、いくつかの新しい発見をさせていただきました。それはもちろん「良かった面」ですが、確かに「残念な面」もありました。

 

 (1)わたくしにとって「良かった面」

  「中高年でも、パソコンというツールでグループ活動ができる」ということが判ったことです。

   ダイヤネットワークの会員に入った当時、わたくしは色々なグループで、色々な活動をしていました。特に「健康生きがいづくりアドバイザー」や、「消費生活アドバイザー」の仲間とは、週何回も集まることが多く、勉強会やセミナーを企画・運営したり、結構楽しくやっていた訳です。しかし、活動が軌道に乗れば乗るほど悩みも増えていました。それは何といっても、活動にかかる経費が馬鹿にならなくなったからです。

   わたしたちの活動はボランティアが基本であり、自治体などの補助がない限り、自分たちの会費で賄うのが当然です。しかし、会費だけでは会場費が精々で、意外に多くなる通信費に苦労した訳です。毎年、年度末には足らなくなるのには困りました。特に、メンバーの殆どが現役というか昼間仕事を持っており、電話やFAX通信だけでは困る人もいるので、大事なことは矢張り郵便を使わざるを得なかった事情もありました。

   さらに、費用だけでなく、準備作業も大変でした。平日の夜、仕事が終ってからコピーの印刷、仕分け折り畳み、宛名書き等など。最初は頑張っても、何回かやってみると、いい加減げんなりした記憶があります。

   そこで何度も「パソコンによるネットワークづくり」を提案したのです。しかし、いつも年配者が拒否反応を起こし、検討どころではなくなってしまうのです。どのグループも、年配者で現役を離れた人が時間的余裕もあることから活動に熱心で、その反対を無視する訳にはいかないというのが実情でした。

   ところが、ダイヤネットの会に入れていただいて、会員の皆さんの殆どがわたしより先輩であり、パソコンの知識も非常に高度なものをもたれていることに驚きました。それに、ネットワークの連絡だけではなく、研究発表の「場」として、また事例応募のツールとして、パソコンネットが使われる。これはまさに、新しい時代のグループづくりの見本を見たような気がしました。

   これからの新しいグループづくりには、是非このパソコン・ネットワークの利用を提言していきたいと思っています。

 

 (2)「悪かったこと」

  正直なところ思い付きません。ただ「残念」なのは、ダイヤネットワークでは、これから退職するような後輩たちを仲間に入れるシステムができなかったことです。シニア・ハッピーライフ研究会でも「体験事例」を後輩たちに対する提言として応募しましたが、それは後輩に仲間入りを促がすものではありません。

   高齢化が進めば、10代からそれこそ80代・90代まで世代の数が増え、その世代間格差も広がってきます。その格差が広まり溝ができれば、世代間の問題を大きくします。これからの活動には、世代間の溝を埋め、つねに若い世代との交流を大事にしていく、そういう努力が求められていると考えます。

   ただこの点は、これから活動を始める「ネオダイヤ」に期待していきたいと思っています。

 

 

  発言者:小池 暎一

  題名 :パソコンを学習してみて

 

  現役時代多少ワ−プロをいじっていましたが、何時かパソコンを習いたいと思っていたところ、会社を退職後同期入社の方が、非常に熱心に,パソコンを習得してはと、企画されお誘いがあり、それではと明治生命,早稲田電子専門学校の通信教育をうけ、その後時々フォロ−をして頂きました。2年半いじって機械について感じたのは以下4点です。

 1.機械の進歩というかモデルチェンジの早いこと

 2.結構故障の多いこと費用もそれなりにかかること

 3.細かい約束事の多いこと

 4.時間と根気が必要なこと

  そして、つまるところ所謂高齢者の日常にどのような影響(生き甲斐)を与えるか、学習の目的は何かに帰するわけです。私の場合考えて見ると元々機械いじりが嫌いではなく、又、何か実生活に役立つだろうと漠然とした成り行き(ワ−プロの延長)の気持ちからでした。

  然し、この様な考えはその後ダイヤネットワ−クの会員とお付合いすることにより、通用しないことがはっきりしました。パソコンは目的ではなく広い意味での通信手段による社会的交流にあり、その中心はなんといっても健康と趣味の問題でしょう。ダイヤネットワ−ク会員の方々の趣味による交流の広さは驚くばかりで交流の有様が実に生き生きとしている様にに思います。

  次に健康と思いますが。逆説的に言えば、パソコンの達人になるには趣味の達人にならなければいけない、言い過ぎでしょうか。

 

 

  発言者:山内 健男

  題名 :パソコンと私

 

  昭和40年代にフォ−トランが管理者必須のように言われた時、逃げ回っていた私ですが、財団前常務理事の若林さんに勧められて70歳を過ぎてパソコン通信教育を受け、恐る恐るパソコンに取り組んで以来4年たちました。

  その間、ワ−プロソフトのWorksが、またNIFTY Managerが消えるなどトラブルがあり、その都度早稲田電子専門学校の筒井さんに教授を受け随分とお世話になりました。結果的には受講の皆さんより少し遅れて修了することが出来ました。

  その後、ダイヤネットワ−クの皆さんは勉強会、DOCOKAIをもたれ勉強されていますが、私は仕事の関係もありますが時間の使い方が下手で、参加したいと思いながら出来ず、進歩は望むべくもありません。

  ただ、それなりにパソコンを利用しており、パソコンの機能の”読む”、”書く”、”ソロバン”のうち、”読む”、 ”書く”は何とかこなしています。

  私にとって、”読む”はインタ−ネットのWEBペ−ジ、メ−ルを読むことであり、”書く”はメ−ルなりレポ− トを書くことであります。

  藤倉さんから、EXICITEにキ−ワ−ドを入れると関連WEBが検索出来ると教えられ、当時調査していたディスプレイを検索してもらい、該当数千件と出ておどろきました。その後、日経ネットナビ、YAHOO!などで多くのサ−チエンジンを知り、仕事の関連WEBを検索し利用しています。財団関連で老人医療、高齢社会などを検索すると、官公庁はともかく地方の医者が随分と勉強してホ−ムペ−ジを設けているのには驚かされます。仕事のことも含めて新聞、雑誌で窺えないことを知ることが出来ます。また、新聞情報もさることながら特許庁が無料で特許 検索を開放していることは良いことです。ただし、電話料金が嵩みます。件数の多いものは個人では件数と発明名称を知るだけでしょう。

  メ−ルは相手が不在でも意志伝達が可能であり、友人、先輩、後輩との連絡が容易になり、便利にしています。手紙であればなかなか書けないのに、メ−ルでは比較的気軽に発信出来るのは我ながら不思議だと思っています。

  ”ソロバン”にあたる表計算は現在では出来ず、何れ勉強したいと思っていますが、何時になるやら。皆さんの話では写真の送信、その他趣味に相当する領域に広げられているようで、時間の使い方が下手なこともあり、皆さんにはついていけないようです。しかし、情報の全てがパソコンに詰め込まれて行く趨勢にあり、この使い方を知らないと世間の動きについていけないといわれるので何とかこなしたいと思っています。

 

 

  発言者:松澤 寿俊

  題名 :ダイヤネットワークに参加して

 

  2年前、大前さんのお勧めでダイヤネットワークに参加させていただいた時は、高齢社会リサーチモニターとの区別も良く分からず、初めてモニター仲間のゴルフのアレンジを引きうけてダイヤネットワークメンバーのみに電子メールで連絡して平気な顔をしていました。引き続き入会したダイヤ神奈川の会合で皆様をお誘いしてやっと何とか人数が揃いましたが、そのダイヤネットワークも独立する時を迎えたのですね。

  当初メンバーの発案で自主勉強会を始め様と言うことになり、村瀬さんの御宅にお邪魔してDOCOKAIの案内状作成の御手伝いをしたのも、ついこの間のような気がします。その後の会合も終了後の一杯を楽しみに何回か参加してご一緒に勉強させていただきました。最近は欠席がちで申し訳ありませんが,パソコンの実務で役立たせて頂いています。

  昨年の8月から縁あってノルウエー王国大使館の産業技術顧問を引きうけ、日本との技術交流を支援していますが、ニューヨーク時代の心臓英語とダイヤネットワークの一本指パソコン技術を頼りに何とか楽しみながら仕事をこなしています。北欧の介護情報の提供ではダイヤネットワークに若干の御手伝いをいたしましたが、逆にこれが契機となって北欧4国大使館で共同して日本との福祉技術の交流についての提案レポートを今年末に取り纏める事になりました。

  ダイヤネットワークが凄いと実感するのは、一斉同報通信でこれからのエイジング社会では必須の手段だと思います。会社のOB仲間でもいざと言う場合のお互いの通信手段が何時も問題となりますが、パソコン通信メンバーを核としたネットワークを提案しています。

  既に出来あがっているダイヤネットワークは大変貴重な存在でですから、財団も我々をもっと大事にしてもらいたいものです。私も、今の仕事は後1年ぐらいにして、次の時代の為ダイヤネットワークにもっと積極的に参加させていただきたいと考えていますので宜しくお願い致します。

 

 

  発言者:浅沼 総子

  題名 :パソコンと私

 

  "ユーガットメイル"はアメリカ映画でE-mailによって若い男女が交際をしていくが、4・5年前ではE-mailって何?という時代があった。

  ダイヤネットワークのメンバーの方々からパソコンを「男性の誠実さ」で教えて頂き、また、メモリの増設、速度を早くしたい等の私の悩みを、それとばかりに忙しい中を教えて頂いた。本からパソコンを理解するより、人から聞きながらの覚え方の方法が無理が無いし,失敗しなかった。(しかし、ご迷惑を撒き散らしながらの覚え方です)

  福祉の勉強をしたが更に、幅広く学ぶ為に放送大学の3年に編入し勉強を始め、パソコンが大いに役立っている。 放送大のパソコン・ネットに入りMLが多い時には一日50通以上受信され、あらゆる情報が寄せられ、他に個人宛の情報と全部を読みこなす事が出来ない時がある。しかし、集まった情報を自分で考え纏めて、自分の情報とする事ができる。大学に提出するレポート作成に付きものの参考資料を集めるにも、インターネットから豊富な情報がすばやく得られる。

  バングラデシュ チャリテイーコンサート催しの折の連絡等には実に有効に使い、改めてパソコンの素晴らしさ、威力に万歳を叫んでいる。

  ある時は、イギリス大使館で行なわれる「在日外国人子弟の中の、発達障害や知的障害を持つ子供たちの教育資 金を援助をするグループ(TILC)」チャリテイー・コンサートが有り、チケットが残ったとのSOSE-mail で入り、それとばかり、友人達にE-mailを流し売りさばくことが出来た。友人から「イギリス大使館など入った 事が無いのに大使にもお目にかかれ、嬉しかった」のE-mailを読み、パソコンによって、自分の身近な世界が少し広がる。それ以来,イギリス大使館で行なわれるチャリテイーコンサートには友人達も参加し、イギリスのボランテイヤ活動を自然に学ぶ事が出来た。

  パソコンに感謝であるが、夜遅くまでパソコンをやると、眠気を忘れてキーを叩いている自分が、時に苛立たしく感じる。言語表現が非常に乏しく、単調で味気無い文に成っているからだろう。心の表現を豊かにした文でE-mailを送りたいと思う。

  各情報に対して問題意識を持って接していると、いろいろの方々の意見の相違から新しい情報が生まれるのも又,楽しい事だが、情報が単に右から左に流れて行くだけに終わってしまうのも残念のような気がする。日々の生活の中にパソコン情報が染渡っていく社会ではシニアにとって,無くては成らないものになっている。

  パソコンをまだ十分に使いこなせないでいるが、今日も又,昨日と同じでない日が、パソコンから限りない情報が無理なく得られる事によって、暦の上での年齢ではない、健康的にも、知的にも、生き生きとした年を取っていきたいと願っている。

  それにしても、4年前に始めてパソコンに接した私がここまで来れたのは、財団の藤倉さんの親身のご支援のお陰と心から感謝している。又、ダイヤ・ネットワーク会員の深澤さんには、Windowsを3.1から95にバージョンアップする時に手助けしていただいて以来何かと支援していただいている。他にも色々な方と接して、色々な事を教えて頂き大変勉強になった。この機会を借りて皆様にお礼を申し上げると共に、これからも私が迷走している時は「SOS」を出しますので宜しくお願いします。

 

 

  発言者:飯沼 富夫

  題名 :私のパソコン入門と活用法

 

 1.私のパソコン入門

  私は、銀行の関連会社を4年前に定年退職する頃、職場ではパソコンやワープロが使われ始めており、退職後のことを考えて、覚えておいた方がよいと思いながら、覚えずに卒業してしまった。

  リタイヤしてから、世の中の情報化はすざましいスピードで進み、新聞・テレビ・雑誌をみても、パソコンやインターネットを知らない自分が、世の中より疎外されつつあるという恐怖感をもつようになった。

  パソコンをやれば、ボケ防止にもなることにも気がつき、覚える決心はついたものの、どこの機種を買い、どこでおぼえたらよいかが、さっぱり分らない。

  丁度その時、ダイヤ高齢社会研究財団が賛助会員会社である三菱29社のOBを会員として、「ダイヤネットワーク」というパソコン通信ネットワークを運営し、参加しているメンバーがDOCOKAIというパソコン研究会を作り、月一回大森の二フテー本社・セミナールームで勉強会を開催していると聞き、早速見学に行った。

  行ってみると、三年前からパソコンの通信教育を終了した人が約三十人集まっており、平均年齢七十歳、皆元気で、生き生きと楽しくパソコンを操作しているではないか。全く驚いた次第。

  早速、入会させて貰ったが、ハードがなければ自宅で練習も出来ない。ハードは新品でも近々十万円は切るというニュースもあり、また、始めるなら中古品でもよいという人もあり、どのメーカーのものがよいかも全く分らない。

  迷っていると、深澤さん(信託OB)より、<兎に角、早くハードを買いなさい。>と厳命あり。

  ダイヤネットワークのシステムオペレーターである 藤倉さん(三菱化学、財団主席研究員)に相談をしたら、<ハードはどんどんよくなりつつあるので、中古でなく新品を買いなさい。覚えるコツは、近所に家庭教師をしてくれる人を見つけること。>との助言あり。

  そこで、手ほどきと、困った時の助け人として、近所に住んでおられる深澤さんと東さん(明生OB),娘婿と姪の四人をたよりにすることにした。

  ハードは深澤さんの使っておられるNECの最新機種を七月末に秋葉原の電気店で購入した。

  ハードの据付は、藤倉さんにご足労頂き、二フテーへの入会手続も、同時に行った。

  丁度その頃、ダイヤネットの新人研修のための<パソコンお楽しみ会>も開かれ、藤倉さん作成の入門手引書にもとずき、パソコン処女タッチも終わっていたので、我が家のパソコンの操作も始まった。

  ところが、二時間程度のお楽しみ会研修では、すぐに壁に突き当たり、家内と二人で町田のメディアバレーに行き、NECや富士通主催のインターネット無料セミナーにも参加してみた。

  次いで、娘婿や姪に来てもらい、Eメール送信を早くマスターするよう手ほどきを受けた。東さんや深澤さんにも来て頂いた。

  しかし、四人それぞれのパソコンやソフトも、二フテー・アウトルック・ネットスケイプなど、パソコン操作方法が色々異なり、どれを使うのが自分には一番よいか全然分らなくなってしまった。

  四人のやり方が同じであれば、混乱は無かったはずだが、いろいろ試行錯誤してやってみると、どうもアウトルックが一番やりやすいと思うようになった。

  今では、主としてアウトルックを使っており、三ヶ月で、Eメールの受信180回、送信100回を行い、漸く、Eメールは打てるようになった。

  ダイヤネットのパソコン仲間で、巌さん(化学OB)は隊長、深澤さんは鬼軍曹と称し、私は三等兵、直属の上司である深澤軍曹は、私のパソコン早期マスターのために、心を鬼にして、Eメール上で厳しくご指導頂いている。

  操作を間違えて、パソコンが動かなくなった時は、藤倉さんに電話して、対処法を教わった。藤倉さんのハードとソフトの知識はたいしたものである。

  そこで、ダイアネットの先発メンバーを驚かすためにも、娘婿から写真送信方法の伝授をうけた。彼は、やり方を親切に教えてくれた。

  第一信は私の自宅におけるパソコン操作風景写真を六人の仲間に送り、第二信は、私のドラゴンスフアン振りの写真を送信した。その場で写真をとり、それをすぐにメールとともに送信できる。写真の質は素晴らしく、従来のカメラによる写真と遜色はない。

  受信した仲間からは、お世辞半分と思うが短期間の上達振りをほめてくれた。

  今では、毎日何回もパソコンを開けて、メールが来ていないかを確かめるのが本当に楽しい。

 

 2.私のパソコン活用

  この様に、漸くにして、Eメールは打てるようになったが、幸いにして、ダイヤネットのメンバーが現在74名おり、趣味の友達も沢山いるので、Eメールを打つ事が出来る友人が極めて多いことが何よりも嬉しく思える今日この頃である。

  Eメールを打てる友人が少なければ、この楽しみは少ないかもしれない。

  私は友人によく手紙を出したり、電話をかけるが、最近のコミニケーシヨンがEメールに代わりつつある。

  Eメールは、相手が不在でも打つ事が出来るし、簡潔に通信しあうための頭の体操ができ、間違いなくボケ防止に役立つと考えられる。

  我が家におけるEメール活用の最大のメリットは、通信費用の節約である。

  長女家族は、夫の転勤の関係で、バンコクにおり、電話は長い話になりがちで、一回千円から二千円程度かかっていた。そこで、ある時期からFAXを利用し始め、一回二百円程度となったが、Eメールに切り替えた結果、10円から20円程度で済むようになった。この節約は、100分の1程度で、本当に驚いている。

  次女の家族は青葉台に住んでいるが、3家族の通信は、今ではEメールが中心となっている。

  次女の婿は、最近インターネットを利用して新車を購入した。それは、自分の買いたいメーカーの車種を決め、インターネットのホームページを開いて、一番安い価格で希望の車を購入する事が出来た。そんな時代になった訳 である。

  これからは、インターネットのホームページを楽しみ、ダイアネットの会議室を活用して、更に仲間との交流を深めたいと願っている。

 

 

  発言者:望月 昭一郎

  題名 :良かったこと、悪かったこと

 

  DOCOKAIに関する意見を求められ、始めて会議室に発言する次第です。

 

 1)DOCOKAIへの出席を奨められたのはH.11・3月頃大前さんに望月は色々ホ−ムペ−ジを作ったりしているそう。一度会にはいってみては如何?との、お話を頂き、元々が野次馬根性に満ちあふれている関係もあって直ちに入会させていただいた次第です。

 

 イ)此処で感心させられたことの、1つに75歳代の方が若々しくコンピュ−タ−に取り組んで居られる姿に感銘を受けたこと。

 

 ロ)普通の会社では定年、もしくは全体的な雰囲気の中、引退、悠々自適期な生活(今日長寿社会では他人に迷惑を掛けず如何に生きるか)etcはなかなか至難な事です。

 

 ハ)どなたのリ−ダ−シップかは判りませんが、テ−マ−をもってグル−プで1つ1つの課題を克服して行こうという精神は誠に学ぶべき事であると敬服いたしました

 

 ニ〕余所ではMellow−Forum(熟年ホ−ラム)を作り地域の活性化を図り、横断的に手を結んでコンピュタ−,e−mailの交換をやろうとお互い呼びかけあっていることを聞くことがありますが、ダイヤネットの場合い既に出来上がっており、それらを如何に充実して行くかを皆さんではかりながら行けばよいわけですので、大変恵まれた組織で有り、これらを分解せずに維持管理運営を図って頂きたいものと考えます。

 

 2)気づいた悪い(?)点

 イ)色々な分派が出きることは、悪いことではないが何処かで糾合しないと折角纏まってスタ−トしたものがバラバラになる怖れがある。或る面し方がないことも有るが、文字どうり井戸端会議的になり、小集団化すると何処かで大同団結の必要が生まれてくることもある。

 

 ロ)孤立し皆の前に現れなくなると、一段と老化が進み、お互い何らかのちからで老化防止を考えながら進む必要があると考える。年一回みんなが集まりグル−プ毎の発表をやり旧交を暖めながら、纏まって行く事を考えながら細く長く生きることを考えて行きたいものである。

 

 

  発言者:東 鶴保

  題名 :パソコンと三菱OBの方々との交流

 

  パソコンとの出会いは「ダイヤ高齢社会研究財団による通信講座を受けるチャンスに恵まれたことであり、小生にとってこれほどの第二の人生を送るに当たってインパクトを持つものになるとは思ってもおりませんでした。

  会社での良き同僚であり、大学の同窓でもある当時財団の事務局長を務めていた小畑さんのお誘いがなければ違った道を、多分間違いなく寂しい余生を送っていたものと思うと、小畑さんには感謝の念で一杯です。

  また、このような企画を立てられ実施された財団にも心からお礼を申し上げます。

 さて、現在の小生のある一週間をご披露致しますと、

 月曜日 出勤 夕刻ダイヤ小田急線友会運営委員会

 火曜日 ダイヤネット囲碁会

 水曜日 午後 ネオダイヤネットワーク世話人会

 木曜日 午後 ダイヤかながわ交流会運営委員会

 金曜日 午前 DAA運営委員会

 土曜日 自宅

 日曜日 自宅

 と一週間の大半を三菱OBの方々との交流や会の運営のことに携わっております。

  これも偏にパソコンを習う機会に恵まれた結果であって、パソコンに触れることが「生きがい」になっています。

  これからも皆様方にご教示を頂きながら、「パソコン人生」を末永く歩める事を念じながら生きて参りたいと思います。