4.情報ネットワークによる企業退職高齢者コミュニティの形成・運営モデル事業の概要

 

  当研究は、モデル事業の後を承けた形でスタートしたこともあり、特に初期段階の平成9年4月から概ね一年間、モデル事業を通して構築したコミュニティ運営の影響を多分に承けた形での展開となった。

  ここでは、当研究の特に初期段階で多大な影響を与えた「情報ネットワークによる企業退職高齢者コミュニティの形成・運営事業」についてその概要を述べる。

 

(1)企業退職高齢者の社会参加問題

  わが国は長寿国といわれるようになって久しい。しかし、特に企業退職高齢者にとって、人生80年、定年後20年という長期間を如何に生きるかは非常に大きな問題である。

  企業に長年勤めて定年退職することは「退職」を境に生活環境が一変することを意味する。給料・賞与の収入に依存していた経済的基盤の変更はいうに及ばず、会社とのつながりが切れてしまう。また、今までの仕事に替わる「やること」を見つけられないことから、生きる目的を見失うということも起こりかねない。

  三菱グループ29社の定年退職者に退職後の生活と生きがいについて「アンケート調査」をした結果、退職後の心配の第一はやはり健康問題で、50%以上の人が不安を持っている。現実的には75%ぐらいの人が元気に過ごしている。そこでそういう人達を対象に“生きがい”についてもう少し掘り下げてみると、つまるところは「社会参加」だという回答が返ってくる。

  なんらかの社会参加を求める元気な高齢者たちの“生きがい”が今や重要な社会問題になっている。

 

(2)パソコン通信に寄せる期待と課題

  パソコン通信は、居ながらにして離れた場所にいる多くの人達と気軽にコミュニケーションができる手段として優れたスキルである。それは、企業退職高齢者にとっても、社会とのつながりを確保するのに有用であると期待される。しかし、企業退職高齢者はパソコンが今日ほど普及していない時代に活躍してきた人達であり、果たしてパソコン通信を使いこなせるかどうかが問題である。

 

(3)モデル事業への参加者

  当モデル事業への参加者は、当財団が運営していた高齢社会リサーチモニター制度のメンバーで、財団主催のパソコン体験会に参加した38人の内、当モデル事業への参加を希望した全員26人で、26人中25人が全くパソコンを使ったことのない、平均年齢68歳の企業退職高齢者である。

 

(4)パソコン技術教育

  モデル事業では、パソコン技術教育から着手した。教育は、各自が自宅に設置したパソコンを使って、通信教育により習得するという方式で行った。

  この教育システムは、明生システムサービス株式会社がヘルプデスク付き通信教育「パソコン家庭教授」のノウハウを結集して構築したもので、パソコンの基本操作、ワープロソフトによる文章作成、およびパソコン通信の3コースについて、各コース解説の集合教育に続くカリキュラムに沿った自宅学習、随時電話・ファクシミリでの質 疑応答、それでも分からない時に教育施設を訪問し指導を受けるという組み合わせで、全コース4ケ月間を目途に 履修するもので、参加者の全員が、結果的には所定の全教育コースを履修できた。しかし、教育後に展開したパソコン通信技術を駆使したコミュニティの形成・運営に移行した段階で、通信ソフトのバージョンアップに伴うソフトのインストールや新バージョンの使い方、或いはプリンターの導入、プリンタードライバーの組み込み、条件設 定など、教育段階では教わらなかったことを各自独力で対処せざるを得ない状況が発生し、独力ではうまく対応できずモデル事業から脱退を申し出る人や、パソコンが起動しなくなるなどのトラブルに悩まされる人が続出した。

  インストール後の条件設定にてこずったケース、パソコンが動かなくなったなどのケースの中には、参加者自身で問題解決できないため財団のモデル事業推進担当者が各自宅に赴き技術支援せざるを得ない状況もあった。モデル事業期間1年半の間に、参加者26人中10人の自宅を訪問し技術支援をした。参加者の半数近くが自己解決できない問題を抱えたことは、コミュニティ形成にも支障を来す問題である。これを解決した経験は、「所定の初級 者教育履修後のフォロー体制の重要性」を示唆する結果となった。

 

(5)コミュニティの形成・運営

  コミュニティづくりでは、パソコン技術を習得した26人全員がパソコン通信ネットワークに参加する形で展開した。当初は、企業の現役社員に相当する財団職員が種々仕掛けを考え、コミュニティづくりに持ち込もうとしたがあまり旨くいかないまま時間だけが過ぎていった。スタートして2ケ月位経って、参加者の中から「現役がOBのことを考えても旨くいきませんよ、企業OBの立場から、自分たちでコミュニティづくりを考えてみます」という意見がだされ、電子掲示板、および電子会議室への発言を通じてコミュニティづくりがスタートした。

  コミュニティづくりの原点は、なんと云っても参加者が共通の関心事を何に求めるかである。関心のないことがテーマでは、義理でつきあったとしてもコミュニティには進展しないと考えられた。そこで、3ヶ月間、特にテーマを設けず、電子掲示板に参加者が思いつくままを自由に掲載することにした。3ケ月経過後、電子掲示板で話題 が集中したものをジャンル別に分類し、各電子会議室名とした。また、参加者のほぼ全員がパソコン通信の初級者であり、アクセスし意見を掲載できるようになるまでには、それなりの練習をする場が欲しいという要望から、練習コーナーや質問コーナー等を設けた。どんな話題であれ「情報ネットワークによる企業退職高齢者コミュニティの形成・運営モデル事業」を進める橋頭堡ができた訳で、以後参加者はそれぞれのテーマに沿った話題提供に絞り、電子会議室を通じた情報交換、また、各々が電子メールで意見交換に取組むことになった。

  モデル事業の最終段階である平成8年8月から平成9年3月の期間意見掲載のあった電子会議室およびその活用状況は以下の通りである。

     会議室名       意見掲載状況

   パソコンどう活かす会     38 件

   ボランティア          9

   介護              5

   OB会             5

   歴史              9

   井戸端会議(ノンタイトル)     33

   旅行             62

   コンピュータ          9

   練習コーナー         20

   小さな疑問・大きな疑問(質問) 43

 

(6)自主活動の芽生え

  参加者の意見をくみ入れた形でコミュニティづくりがスタートしたこともあり、参加者自身でコミュニティづくり、および活性化に関わるアイデアが出され、その実施に当たっても参加者の中から自発的に世話人をかってでる人などが現れた。

  現役時代に通勤していた路線沿線に居住している参加者同士が親睦の場を持つ目的から鉄道路線沿線の会(愛称)「小田急線友会」が第一に産声をあげた。より多くの参加者が電子会議室へ意見掲載し、活性化を図ることを目的に、コンピュータ・パソコン経験者が中心となり「パソコン自主研究会」(現在のDOCOAKIの前身)がこの時期誕生した。その他「囲碁会」「歩こう会」等がこれに続いた。

 

(7)コミュニティの更なる展開

  パソコン通信による情報ネットワークの活用は、アクセス費用を伴うものである。モデル事業では、アクセス時間及び頻度に依存する従量料金制を採用したこともあり、参加者の多くは月々のアクセス費用をチェックしつつネットワークに参加する状況で、アクセス頻度は1人当たり月平均28.1回、一回当たり3.8分であった。

  計画当初、コミュニティの活性度評価に参加者のアクセス頻度をバロメーターとして考えていたが、上記の結果であった。しかし、これでコミュニティが沈滞したわけでは決してなく、自主活動の場は、参加者同士が直接会う機会でもあり、これがコミュニティの展開に非常に大きな役割を果たした。開催に当たっては、開催案内や結果報 告などに情報ネットワークを活用した。

  イベント開催の案内文作成はオフラインで行うとしても、参加者への伝達では通信回線接続と同時に、ほんの数秒で会員全員に同時発信できること(この仕組みを専門用語ではないが「同時通報電子メール」と仮に呼称する)、或いは電子掲示板に掲載できること、その間の費用は高々10円位である。日常的通信手段といえる電話、ファクシミリ、或いは郵送にかかる手間や費用に比べれば、遙かに優れた情報伝達手段だということは分かっているが、それを平均68歳の、初めてパソコン通信を体験した企業退職高齢者が見事に使って、コミュニティは更に活性化することとなった。